エミシの英雄叙事詩が誕生 、〝小さき者〟の生を描く/山浦さんの長編大河小説

 中央政権から蔑視され、しいたげられた古代エミシの民。その抵抗の系譜を描いた壮大な物語『ホルケウ英雄伝~この国のいと小さき者~』(KADOKAWA、上下巻各1800円)が、まもなく世に放たれる。作者で大船渡市盛町在住の医師・山浦玄嗣(はるつぐ)さん(76)は、為政者とその圧政に苦しむ民との争いを縦軸に、ケセウンクル(気仙衆)の若者・マサリキンと、歌姫・チキランケの恋を横軸に、作品を織り上げた。同作は「蛮族」による血なまぐさい戦いの記録ではなく、誇り高いエミシたちの清冽(せいれつ)な叙事詩に仕上がっている。

 新約聖書をケセン語訳し、ケセン語にまつわる多数の著書でも知られる山浦さん。平成25年に出版された小説『ナツェラットの男』で第24回Bunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞するなど、よわい70を超えてからいよいよ、小説家としての手腕をふるっている。
 上下巻の大長編となる本作の舞台は、「蝦夷」として異端視された民族が暮らしていた古代の東北だ。主人公はケセ(気仙)のオイカワッカ(猪川)から遍歴修行に出た青年・マサリキン。このころのエミシは坂東(関東地方)からきた豪族の圧政に苦しめられていた。マサリキンは女奴隷として差し出される運命だったチキランケを救うが、そのために政権の怒りを買い──という波瀾万丈のストーリー。
 山浦さんにとって、エミシの物語は小さいころの思い出に直結する。母の故郷・越喜来の老人たちから聞かされてきた、抵抗の歴史。朝廷に屈せず、勇猛に戦った自分たちの祖先……だがエミシはこれまで、「最終的には制圧される『敗者』」としてしか描かれてこなかった。 
 「負けた話ではなく、カッコイイところを書きたい」──山浦さんは幼少時から、この誇り高き民の物語をふところで温め続けてきた。
 実は同作も、25年前に『風の歌』というタイトルで書き上げていたのだ。だが、「当時は文壇とかかわりもなく、世に出す価値があるのかも判断できなかった」と、地元の印刷所で製本しただけにとどまっていた。
 しかし、今年に入ってからこれが、大船渡を何度も訪れたことがあるカドカワの文芸編集者・郡司珠子さん(45)の目に触れることになる。郡司さんは「キリスト教徒であり医師である著者の伝えたいことが明快で、ドラマがあり、普遍的。すでに物語として〝出来上がって〟いた」といい、新鮮な驚きと興奮を持って作品を迎えた。
 設定など細かい部分は加筆修正したが、ストーリーはほぼ原案のまま。山浦さんは「25年はらんでいた話を、ようやく産み落とせた」とすっきりした表情を見せ、〝助産師〟役の郡司さんに感謝する。早くも続編執筆が決まっており、「構想だけで1ダース半ある」という物語を、これからまた生み、育てていくことになる。
 「この国のいと小さき者」と副題があるように、エミシは強大な為政者にとって、足げにして良い、取るに足らぬ者だったかもしれない。しかしその〝小さき者〟らが精いっぱい生き、笑い、人生をまっとうする姿には尊い輝きがあり、物語の奥底には一貫して、侵しがたい「澄んだ明るさ」が流れる。
 山浦さんが「東北の文化はこんなにも清らかで高貴なものなんだ、そのことを喜ぼう、楽しもう」と語る通り、東北人の胸に誇りを呼び戻してくれる同作。22日に配本となり、気仙管内の書店には24日(土)ごろから並び始める予定だ。