人と人つなぎ4年半、ひまわりハウス30日に運営終了/陸前高田

▲ 誰でも立ち寄り、利用できるスペースとして愛されたひまわりハウス。3人のスタッフも、新しく生まれ変わる施設に期待している=竹駒町

 平成24年11月に、陸前高田市竹駒町にオープンしたコワーキング・スペースで、コミュニティー施設としても市内外の人々に愛された「ひまわりハウス」。運営母体のNECネッツエスアイ㈱(本社・東京都)は、30日(金)で同施設の運営を終了することを決めた。大震災発生から6年以上が経過し、少しずつ「支援」に頼らない住民活動が増えてきたことを受け、「一定の役割を終えた」という判断から。「ひまわりハウス」としての看板は下ろされるが、建物はそのまま残る。今後は地元団体が運営を引き継ぐ計画もあり、市民らの集いの場は、形を変えて生き続ける。

 

地元団体が引き継ぐ計画も

 

 「ひまわりハウス」は、同社が復興への社会貢献という位置付けで開設した施設。無線LANとパソコン、タブレット端末のほか、プロジェクター、テレビ会議などに対応できる液晶ディスプレイ、電子黒板機能を搭載したホワイトボードを完備するなど、情報通信を得意とする同社ならではのスペースとして、地域住民や起業を目指す人、復興支援に携わる団体などが自由に出入りし、利用してきた。
 開設の主な目的は、さまざまな立場の人々が場所を共有する中で、異業種の人同士を結び付けたり、地域振興策や新しいビジネスモデルを模索するのに役立ててもらうこと。10~15人程度が寄り合うのに適した広さで、震災によって失われたコミュニティー施設を補う意味でも、大きな役割を果たしてきた。
 震災発生当時、同社東北支店長で同施設の開設に携わった浅川人美さん(62)は、「地元の方を主役とした活動ができるようになってきた」と感じたことが、運営終了を考えるきっかけになったという。ボランティアを主体にしていたNPOが法人化し、収益を意識した事業展開に切り替わってきたことなどを例に挙げ、被災地の〝独り立ち〟を頼もしくみている。
 地元出身のスタッフとして26年から勤務する佐藤岬さん(24)は、「復興の役に立ちたいと考え、ここで働くようになった」といい、いろんな考えに触れたり、行動する人たちを見るうちに刺激を受け、自身も地元NPOによる次世代育成事業にかかわるようになった。「自分もこの場所で成長できた」と語る。
 支援を目的に開設された施設であると同時に、ひまわりハウスはNECグループにとっても〝挑戦の場所〟だった。被災地という特殊な環境では、地域で求められるものも、同社の過去の経験値だけでは考えられないものが多かった。それらに応えるため、工夫を重ね、提案する必要があったという。
 単身赴任し、同施設の運営にあたってきた池田要平さん(36)の前の部署は営業部。これまでと全く異なる仕事内容に戸惑いながらも、「『情報通信技術をどう使えば、地元の方の求めに応じられるのか』を模索する中で、地に足のついた考え方を身に付けることができた」と、同市で暮らした約5年間を振り返る。
 今年4月までの延べ利用者数は9000人超。これからの陸前高田の、ひいては気仙地方の地域振興をテーマに、多くの人々が同施設で語らってきた。夏には同市を離れることになる浅川さんは、「ひまわりで話してきた内容が実を結び、皆さんが活躍する姿を遠くで見られたらうれしい」と、期待を寄せる。
 今後は、地元団体が運営母体となるべく調整が進められているが、新たに開設される時期は未定。浅川さんは「ここはいったん休んで、仕切り直し。〝新生〟する空間がどうなるかまだ分からないが、ひまわりとは違った形で、陸前高田をよいまちとするための場所として続いていってほしい」と語り、ほかのスタッフ2人とともに、地域内での活動がいっそう活発になることを願っている。
 7月2日(日)正午からは同施設で「最後の感謝会」が開かれる。芋煮などが振る舞われるほか、記念写真撮影や、地元の音楽サークルによる演奏が行われることなっており、誰でも参加できる。