視点/気仙川・大股川の洪水浸水想定区域指定㊦

▲ 一昨年の台風10号襲来時には、沢からあふれ出た水によって床上浸水などの被害が生じた=五葉地区

完全ではない被害予測
より住民に身近な避難体制を

 

 県内での豪雨災害といえば、平成28年の台風10号襲来が記憶に新しい。とくに岩泉町で被害が大きく、高齢者福祉施設に土石流が押し寄せるなどして24人が犠牲となった。気仙でも暴風域を伴って大船渡市付近に上陸し、各地で河川増水や道路の冠水が相次いだ。
 先月26日、気仙川の源流部に位置する五葉地区公民館で行われた説明会。各地区と同様に、県側は最大規模として「1000年に1度」の豪雨を想定し、予想される浸水域などを示したが、説明後に行われた意見交換では別の話題に多くの時間が割かれた。
 住民からは「沢からの水で危険な場所はけっこうある」「大雨となれば、必ず木が倒れる。それによってせき止められてあふれる」といった発言が寄せられた。
 台風10号襲来時、五葉地区では床上浸水被害が数件発生するなど、民家にも濁流が襲った。気仙川からの越水ではなく、沢に架かる橋付近に流木などが堆積した影響によるものだった。
 今回住民に示された想定区域は、これまで浸水の危険性がないとされる場所にも水が押し寄せる。ただ、あくまでも、気仙川・大股川からあふれ出たとの想定。住宅近くを流れる小さな川からの氾らん危険区域は、描かれていない。実際に「1000年に1度」が襲った際には、より広い範囲での浸水も考えられる。
 町内のがけ崩れや土石流が発生する恐れのある土砂災害危険個所は、500以上に及ぶ。単純に「川から離れた場所に避難を」も当てはまらない。地域によっては土石流をはじめ、山津波にも警戒が必要となる。
 町内面積の9割が森林で占める住田町。人々はわずかな平地を生かし、農業をはじめ各種産業を営み、生活を送る。豪雨が襲えば平地も、山間部も安心できない。町内各地で行われた説明会では、「安全な場所」を定める難しさが浮き彫りとなった。

 県が想定している気仙川・大股川での最大規模の降水量は、2日間で589㍉。そうなれば、流域では1時間に50㍉以上の降雨が数時間続くとみている。
 気象庁がホームページで示している「雨の強さと降り方」によると、50㍉以上は「非常に激しい雨」、80㍉以上は「猛烈な雨」と表現される。さらに50㍉以上は「傘はまったく役に立たなくなる」。水しぶで視界が悪くなるほか、車の運転も危険となる。
 近年、各自治体では雨が強くなる前に避難準備・高齢者等避難開始情報を出し、早めの避難を呼びかける。「1000年に1度」から人命を守るには、やはり迅速な避難行動が重要となる。
 五葉地区の説明会に出席した60代の男性は「同じ地区であっても、沢の形状によって避難の仕方が違ってくる。数日前から、町外の親せき宅に身を寄せるという行動があってもいい。より個別に避難のあり方を考える必要があるのでは」と語る。
 町内における65歳以上の高齢化率は42%。これはあくまでも平均であり、山間部では60%前後の行政区もある。
 足腰に不安を抱え、移動手段がない高齢者も多い。行政側が周知手段を強化させるだけでは、避難行動の充実にはつながらない。
 早めの行動となれば、その分避難先での滞在日数が長くなる。避難所という〝箱〟を多く設けるだけでなく、誰もが安心して過ごせる環境づくりも重要になる。
 住田町の人口は約5500人で、年間100人ペースで減少。小さい町は、今後も縮小を続ける。その中であっても、行政側は災害によって制約ある状況下で優先的に実施すべき業務を特定するとともに、住民の生命確保に必要な物資確保をあらかじめ定めるといった対策が求められる。
 加えて、日ごろから地域内の結びつきが強く、一人一人を把握しやすい住田の特性を生かした防災体制の構築もより重要になる。7年7カ月前の東日本大震災時、町内ではいち早く関係者が住民の安否確認を行ったことで、その後の迅速な後方支援活動につながった。
 地域のネットワークを生かし、住民それぞれに合った命を守る備えの充実を、住民や地域一体となって考える。山あいの小さい町だからこそ、できることもある。大規模な災害に向き合うほど、より身近な防災のあり方が問われるとも言える。