2010/04/09 021



自然の恵みと受苦を受け継ぐ

〈寒さの美〉
寒月の冴え渡りたる24時 庭の樹木の影立ち上がる (新沼志保子) 2010年3月5日、高田短歌会
冷えしるき朝の廊下を走り来て 火事かと紛う今朝の日の出は

気仙の2月の夜と朝の寒さは身体にしんしんとさし込んで来る。その寒さの中を男どもは海に出かけ、女どもは家事仕事に精を出す。その寒さの生活の中に夜と朝の美が生まれてきて、気仙の文化として受けつがれている。
この美の文化は新沼志保子氏の短歌「寒月の冴え渡りたる24時 庭の樹木の影立ち上がる」と次の「冷えしるき朝の廊下を走り来て 火事かと紛う今朝の日の出は」に詠まれている。清少納言枕草紙に “冬はつとめて” と朝早く始まる宮中の仕事の緊張感と美を詠んでいる。
同日の東海新報のエッセイ「春色の風を待ちながら」(静岡県沼津市・近藤美和子)には、温暖な沼津市の春の訪れの素晴らしさが述べられている。近藤氏は陸前高田市小友町出身である。心身に記憶されている春先寒い気仙の思い出の奥から温暖な沼津市の春を述べている。近藤氏の春への美意識は気仙の春の寒さの中で育まれたのではないかと思いたい。

〈雨の前後の海〉
褐色の線路を濡らし降る雨を 薙ぐがに列車海沿ひ走る (金野 要) 2010年3月5日、高田短歌会
雲は去り光溢るる広田湾 水の面に黒き牡蠣筏浮く

気仙は海の恵みを受け育まれてきたが津波や海が荒れて大きな苦渋も受けてきた。時化ない時の雨は海の恵みを与えてくれる。
雨を突っ切って海岸を走る列車。雨が上がってからの列車から牡蠣筏が浮いている海を眺めると、海の恵みとそこで働く漁師たちのあふれるエネルギーが伝わって来る。
しかし突然押し寄せる津波、この自然の脅威に対し起こりうる災害へ万全の用意を尽くして待つしか手はない。50年前のチリ大地震と大津波の時には大きな災害を被った。
今回は幸いにして前回のような大きな被害ではなかった。前回の経験から津波災害への周到な用意をしていたためと思う。同日の東海新報に「海を越える『防災の絆』教訓、対策施設に理解 チリ研修員が綾里小など訪問 ― 大船渡市」、綾里小児童と創作劇を一緒に視聴しながら大船渡市の津波防災について理解を深める研修に参加したと報道されている。
自然の恵みと災害という厳しい自然との関係の中で、自然への感謝と用心を忘れないという伝統を受け継ぎ、そして後世に引き渡す伝統の継続。その緊張の中でこそ気仙の美意識が育まれるものと思う。