名物のぎんつば屋閉店、多くの人々に愛された三尾ちん餅店/住田
平成27年8月2日付 7面
住田町の世田米商店街で長年にわたり、「ぎんつば」を製造、販売してきた三尾ちん餅店(三尾京子店主)は、1日の営業をもって閉店した。店は三尾店主の父・喜三郎さん(享年100歳)と母・智江子さん(同88歳)が開き、ぎんつばは住田名物として長い間、多くの人々に愛された。三尾店主は最後のぎんつばを買い求める常連客に感謝の思いを表し、40年近くにわたる店の歴史に幕を下ろした。
住田名物として定着したぎんつばは、昭和30年代に智江子さんが焼き始めたもの。同52年には世田米商店街の一角を借り、喜三郎さんと智江子さんが現在の店を構えた。
駄菓子職人の喜三郎さんがあんや生地を仕込み、智江子さんが焼き方を担当。あんに使う小豆は北海道産、粉は宮城県気仙沼市から仕入れたものを用い、こだわりのぎんつばを作ってきた。
それは月日を重ねて町内外の多くの人々に親しまれ、やがて住田名物と呼ばれるまでになった。喜三郎さんは90代、智江子さんは80代まで現役でぎんつば作りを続け、10年ほど前に2人の末娘で五女の三尾店主(57)が店を手伝うようになった。
「2人とも職人気質で、〝あれをやれ、これをやれ〟と細かく言うのではなく、〝目で見て覚えろ〟という教え方だった。仕事には厳しかった」と振り返る三尾店主。喜三郎さんは、最後まであんを練る作業を誰にも見せなかったという。
その後、喜三郎さん、智江子さんはそれぞれ現場を退き、三尾店主が一人で店を切り盛りするように。あんや生地の仕込み、焼き作業、店番をこなし、両親が残した味を受け継いできた。
しかし、すべての仕事をこなすのは体力的にも限界があり、材料費の値上がりも続く。昔に比べて客足も減った。迷いもあったが1カ月ほど前、自ら店を閉めようと決断した。
最終日の1日、三尾店主は普段通り午前9時ごろに店を開け、最後のぎんつばを焼いた。熱した専用の型に次々と生地を流し入れると、その中央に粒あんを入れ、きつね色に焼けた皮でふたをするように合わせていく。香ばしい匂いがたちこめる。
火を使う仕事のため、作業場の暑さは40度近くにもなる。額に汗を光らせながらの作業が続く。訪れた客には長年の感謝の気持ちを込め、最後のぎんつばを手渡した。常連客の一人は、「家でみんなに食べさせたい。閉店はがっかり」と寂しそうな表情を見せた。
閉店に対し、「両親の代から店を続けてきて、〝ありがとう〟としか言うことはない」と改めて多くの出会いと支えに感謝する三尾店主。「ばあちゃんとじいちゃんに感謝」と、天国の両親にも思いを寄せた。思い出が詰まった店は解体し、家主に返すという。
今後は個別に注文を受け付け、がんづき、ぼたもち、おふかしの製造に応じる。問い合わせは三尾店主(℡090・3983・5946)へ。






