「灰色の手」しかないのに
令和8年4月25日付
植物を育てるのが上手な人を「緑の手を持つ」と表現するけれど、いただいた鉢植えなどをことごとく枯らしてきた私はさながら、「灰色の手」の持ち主と言えよう。
なんたってサボテンさえ枯らしたことがある。花木や花壇の世話をするための何かが、決定的に欠落しているのだ。
そんな、植物に絶対かかわるべきではない私が突然、「家庭菜園をやりたい」と思い立った。
『人はなぜ年を取ると野菜を育てるのか』──というタイトルの新書が実在するかどうか分からないが、似た内容のものは絶対あるに違いない。年齢を重ねると人はなぜか家庭菜園や市民農園にかかわり始めるものなのだ(偏見です)。
私の場合、加齢もあるが「遠くない将来にもし食糧危機が起きた時、自分で何ら生産できないのは嫌だな…」と考えたのがきっかけだった。デスクワークしかしていない人間が食べる物をいきなり作れるはずがないことは分かるから、前もって〝訓練〟を積み重ねておく必要があるな…と。
思い立ったが吉日とばかりに、土に肥料、プランターやらを求めにホームセンターへ駆け込んだ。だがそこでハタと気付く。こういう、思いつきで行動し、まず形から入ろうとするところが亡き父親にそっくりだと。
父を「勉強もしないうちからなぜ、何でもできるような気になって安易に手を出すのだろう。プロ並みの道具立てばかりしてうまくいかず、すぐ飽きて放り出すくせに」と冷めた目で見ていたのに、今の私はまったくうり二つではないか。
野菜作りが断じて簡単なものでないことは、農業に携わる方々への取材で痛感しているのに、一足飛びにやろうとしたりして…。毎日、様子を見て、虫を取り、水や肥料を適切にやる覚悟がお前にあるか?──と自らに問い、まずは初心者用の栽培キットを使って小さく始めることにした。
今、芽が出てきたところ。これが育てられたら次を考えます。(里)





