刈れども刈れども
令和8年8月15日付
酒やたばこのほか、大人になってから覚えたことの一つに、「草刈り」がある。鎌を使った手刈りではなく、エンジン式の刈り払い機によるもの。雑草のいきおいが旺盛なこの時期は、頻繁に行っている。
筆者は、気仙の中では街場に生まれた。田や畑を持たない勤め人の世帯に育ち、雑草対策は家や地元の公民館の敷地でむしる程度しか経験してこなかったが、結婚を機に緑豊かな環境に身を置くようになって事情は一変した。
当時は、刈り払い機を手にしたことがなく、混合ガソリンが燃料であることすら知らぬ身だった。エンジンのかけ方、草に対する刃の当て方、刃が硬い物に当たった時のキックバック(跳ね返り)への注意など、一から家族のレクチャーを受けた。
初めて稼働させる時は「けがをするかもしれない」と、だいぶ緊張した。おっかながって草の根元近くではなく中ほどを刈り進め、のちに「刈り直し」をしてもらうという、ほろ苦いデビュー戦だったのを覚えている。
それからおよそ20年。この間にマイ刈り払い機も手に入れ、家のほか町内会の環境美化活動でも稼働を重ね、当初に比べれば「刈り」はレベルアップし、スターターロープの引き方も様になったと自認する。替え刃をはじめとするアイテムへのこだわりも若干ながら芽生えた。
とは言え、「刈り跡」はまだまだ雑なままだ。農林業や建設などプロフェッショナルの方々、経験豊富な地域の先輩方が手がけた箇所を目にして感心するようになってもいる。
必要性に迫られてのハードワークではあるが、作業後の景観や流した汗からは達成感と心地よさが得られる。「刈れども刈れども」の日々は続くのだが、これからもどこかに楽しさを見いだしながらやっていこう。きれいな刈り跡を残せるようになるのが当面の目標だ。(弘)






