令和2年10月23日付

 科学技術が進化しても、こと自然に関しては誰もその将来を正確には見通せないという、ある種の諦念がある。雄大な自然は深い懐を持つ一方、人間が一つ間違えるだけで取り返しがつかないことになるほど繊細だ▼陸前高田市の小友浦干拓跡地で進む復興工事の残土投入に、現地で生物調査を続けてきた専門家委員会から待ったがかかった▼大震災後、小友浦の底生生物は年々増加。だが、残土流入はこの生態系に大きな損失を与えかねないと委員会は指摘する▼一方、市は残土搬入によって干潟が将来的に自然造成される可能性があるとし、有識者の意見を踏まえた環境対策を取りながら工事を継続する▼何が正解なのだろう。工事によって干潟が将来、自然造成された後、時間をかけてでも生態系がまた豊かになっていくのがベストだが、干潟再生がうまくいかず、生物も戻らないという最悪の事態もありえないわけではない▼小友地区の復興まちづくり将来計画が市民らで作られた時、干拓地を生かしたにぎわい拠点の整備など、その活用策が話題となった。「干潟さ魚っこ上がるがら、米袋抱えで拾いさ行ったもんだ」などと、かつてを知る地域の人々からは、昔の楽しい思い出をよく聞いた▼長い間、土砂の仮置き場にされてきた干拓地の将来。住民の大事な場所が、無事に再生されることを祈るしかない。