大船渡で津波30㌢観測、気仙両市で140人避難/チリ沖地震で注意報

▲ 避難所でテレビの情報に見入る避難者=大船渡地区公民館

 南米のチリ中部沖で日本時間17日朝に発生したマグニチュード(M)8・3の地震で、気象庁は18日午前3時、北海道から沖縄県までの太平洋沿岸を対象に津波注意報を発表した。過去にもチリ沖の大地震で津波被害を受けたことがある気仙両市では、注意報発表と同時に沿岸部住民に高台への避難勧告を発令し、最大で約140人が避難。大船渡では同日午前9時5分に最大となる30㌢の津波を観測し、人的被害はなかったものの、公共交通機関の運休や学校休校など各方面に影響が広がった。夜中から12時間以上の警戒態勢が敷かれ、注意報は午後4時40分に解除された。

 

 運休、休校など影響広がる

 

 気象庁などによると、震源の深さは25㌔。チリ沿岸では高さ数㍍の津波が観測されており、死者も出ている。
 同庁では地震発生を受けて解析を進め、「高さ20㌢から1㍍の津波注意報級の範囲」で18日朝から日本に津波が到達する可能性があるとし、同日午前3時に太平洋沿岸に津波注意報を発表した。
 気仙を含む沿岸部では各地で朝から津波が襲来。大船渡では午前9時5分に最大波を、本県では久慈で最大となる80㌢の津波を観測した。

降りしきる雨の中、駅待合室で過ごす遠方来訪者ら=陸前高田

降りしきる雨の中、駅待合室で過ごす遠方来訪者ら=陸前高田

 遠地での大きな地震は第1波到達からしばらくの間、潮位が上昇するケースが多く、津波注意報は午後4時40分、解除に至った。東日本大震災で地盤沈下した気仙では、長時間にわたって緊張感に包まれた。
 チリ沖での地震により本県で津波を観測したのは昨年4月以来1年ぶり。気仙への津波は、近いもので昨年7月の福島県沖を震源とするM7・0の地震で、大船渡で9㌢を観測した。


 浸水地区に避難勧告/大船渡市

 

 大船渡市では、津波到達の見込みを受け前夜から防災行政無線などで注意を喚起し、18日午前3時の注意報発表後は東日本大震災浸水区域の1320世帯3220人に避難勧告を出すなど、市民の安全確保に努めた。
 避難所は8カ所に開設され、ピークで合わせて118人が身を寄せた。このうち、大船渡町の高台にある大船渡地区公民館では午前4時30分ごろで、建物内に8人、外の駐車場には50台ほどの車が見られた。
 民生委員や交通指導員を務める同町野々田の木下正弘さん(69)は家族4人で避難。「注意報発表とともに地区内を巡回してから来た。避難者は思ったより少ないように思う。警報に比べて意識が薄くなるのかもしれない」と話していた。
 JR大船渡線BRTと三陸鉄道南リアス線は、始発から運転を見合わせ。県交通バスは、大船渡盛岡線の久名畑・盛岡間のみ運行。それ以外の路線は始発から運転を見合わせた。いずれも注意報解除後に運行を再開した。
 市内小中学校は全校が休校措置をとった。気仙地区内の高校は期末休業日などとして休校日だったため、大きな混乱はなかった。
 また、同日は市議会9月定例会の最終本会議招集日で、冒頭、畑中孝博議長が「被害の状況に応じて適宜進行する」と通達したうえ、従来通り議事を進行した。


 ピーク時の避難者は25人/陸前高田市

 

 陸前高田市では注意報発令前の午前2時37分に、地区対策本部や避難所を開設。発令後、東日本大震災の浸水区域に暮らす326世帯、1026人に避難勧告を出した。浸水区域には入らないよう防災無線放送などで呼びかけたほか、インターネット交流サイト・フェイスブックページやツイッターでも情報発信した。
 避難者は午前6時がピークで、市内10カ所に計11世帯25人が身を寄せた。最も多かったのは、気仙町・要谷公民館の1世帯6人。午後1時までに各施設ともゼロとなった。
 市内小中学校は全校休校。浸水域にある米崎町・イオンスーパーセンター陸前高田店は営業を見合わせた。復旧・復興業務を担う事業所では出勤停止といった措置もとられた。
 運転見合わせが続いたJR大船渡線BRTの陸前高田駅では、住民や遠方来訪者が室内のいすに座り、各路線の運休を告げるモニターを見つめながら再開を待った。
 鹿児島県奄美市在住で、かつて震災復旧事業に従事した地を回っているという里輝志さん(50)は「昨晩からずっと待合室にいた。とにかく待つしかないですね」と語り、疲れた表情を見せた。