被災地に思いを寄せる、震災5年を前に米国2カ所で震災追悼行事/気仙在住・出身者も出席

▲ 復興への決意などを述べた金野社長㊧=米ニューヨーク

 東日本大震災の発生から5年を前に、米国のニューヨークとロサンゼルスで現地時間の6日、追悼行事が開かれた。在米の日本人や米国人らが1000年に一度といわれる惨禍の犠牲者に鎮魂の祈りをささげ、東北被災地の早期復興を願った。

 

金野社長(酔仙酒造)現地で決意/ニューヨーク

 

 震災追悼式典「TOGETHER FOR 3・11」は、ニューヨークの教会で開かれた。陸前高田市の酔仙酒造㈱の金野連社長(55)が、被災地在住者として初めて同式典に出席。「どんな逆境にいても一歩ずつ前に進まなくてはゴールにたどり着かない」と気仙復興への決意をスピーチした。
 この式典は現地に住む日本人ら有志でつくる民間ボランティア団体「フェローシップ・フォー・ジャパン」が主催。震災翌年の平成24年から毎年開かれており、今年で5回目を迎えた。
 約430人が出席。主催者から招かれ、金野社長も式典に臨み、はじめに犠牲者への黙とうがささげられた。
 酔仙酒造の法被(はっぴ)を着て登壇した金野社長は、社屋や酒蔵が崩壊し、行方不明となった社員の捜索に当たった被災当時の心境や、その中で地元や国内外のエールを受けて気仙で酒造りの再スタートを切ったこれまでの軌跡を振り返った。
 その上で「天災は誰にでもいつでも起こりうること。二度と来ないきょうを大切にしながら、ともにあすを迎えましょう。ぜひ、いつか復興した陸前高田に来ていただきたい。きょうニューヨークで出会ったことが、5年先か、10年先かわからないが、岩手との絆を築いていくことを願っています」と語りかけた。
 また、大船渡市の大船渡津波伝承館の齊藤賢治館長(68)もビデオ出演。津波で民家が流されていく様子が放映され、会衆が息をのんだ。
 ビデオの中で、齊藤館長は「天災の時に助かってほしいからという思いで、教訓を伝承していきたい」と語った。
 式典で集められた寄付金約60万円は、在ニューヨーク日本国総領事館などを通じて被災地へ贈られるという。

 

「備え考える記念日に」/ロサンゼルス
 
 在南加日本人・日系人らが企画し今年5回目となったロサンゼルス市民向け追悼集会「Love To Nippon」は、同市警察本部を会場に催された。今も東日本大震災被災地へ思いを寄せ続けるロスの人々が参加し、いつ起きてもおかしくない自然災害について改めて考える機会とした。

大船渡市・戸田公明市長からの礼状も、千葉士長(左から2人目)が日本語で、鵜浦代表㊨が英語で紹介した=米ロサンゼルス

大船渡市・戸田公明市長からの礼状も、千葉士長(左から2人目)が日本語で、鵜浦代表㊨が英語で紹介した=米ロサンゼルス

 この日は同本部屋外と屋内でイベントを実施。屋外には南加岩手県人会、宮城県人会、福島県人会がそれぞれブースを設置したほか、和楽器による追悼演奏も行われ、道行く人が足を止めた。米国は多民族国家であることから、慰霊祭は神道、仏教、キリスト教、ユダヤ教とそれぞれの形式で行われ、参加者が献花や焼香で遠い日本の津波犠牲者をしのんだ。
 Love To Nipponの鵜浦真砂子代表(60)=大船渡市出身=は「日本には『二度あることは三度ある』という言葉がある。私はチリ地震と今回の津波を経験した。三度目はこのロサンゼルスかもしれない」と、1994年にロスで起きたノースリッジ地震について触れた上で「年に1回ここで災害について考え、備える日にしましょう」と訴えた。
 集会には大船渡消防署の千葉善博消防士長(41)も参加。千葉消防士長は、鵜浦代表、基調講演を行った元運輸長官のノーマン・ミネタ氏(84)、ロサンゼルス郡消防本部職員らとのパネルディスカッションにも加わった。
 郡消防特別捜索隊は、発災直後に大船渡入り。大船渡消防署員らと共に行方不明者の捜索活動を行った経緯がある。千葉士長は当時一緒に活動したラリー・コリンズさんらと約5年ぶりの再会を果たし、復興を願うロスの人々の強い思いにも触れた。「直接『ありがとう』と伝えられたことが何よりうれしい。まだこんなに大勢の方が日本を思ってくれていることに感動した」と話していた。