気仙両市が小説の舞台に、歴史ロマンあふれるミステリー
平成28年8月7日付 7面

陸前高田市と大船渡市の実在する地名や文化財が次々と登場する桑原水菜さんの小説『遺跡発掘師は笑わない 悪路王の右手』(角川文庫)が発売中だ。舞台は東日本大震災からおよそ2年後の本県。「鬼の右手」と呼ばれる謎の遺物をめぐるミステリーの中に、平泉文化や、沿岸の土地造成にかかる発掘調査、「文化財レスキュー」「気仙三観音」といった要素が盛り込まれ、物語を歴史ロマンで彩る。取材協力した陸前高田市立博物館の主任学芸員・熊谷賢さん(49)も「われわれの活動を丁寧に取り上げていただき、ありがたい。気仙の文化を知ってもらう好機」と喜ぶ。
文化財救出活動にも言及
若き天才発掘師・西原無量を主人公とする「遺跡発掘師は笑わない」シリーズの4作目。毎回、奈良や出雲など古から続く地の物語を絡めて謎解きを展開する、ミステリー色豊かな作品だ。
今回の舞台は岩手県。中でも気仙両市はストーリーのカギを握る重要なエリアとして登場する。一部架空の設定もあるが、地名をはじめ小友町の常膳寺といった寺社、高田町にあった海と貝のミュージアム、大船渡警察署など、実際の固有名詞が使われ、地元住民が読めば、すぐそばで無量やヒロインの萌絵、無量の幼なじみの忍が動いているような感覚を覚えるはずだ。
作者の桑原さんは昨年10月に矢作町の市立博物館(旧生出小学校)を訪れ、熊谷さんに取材。奥州藤原氏や蝦夷の長・阿弖流為(アテルイ)など、岩手を題材にとった物語を書く上で、「震災のことに触れないわけにはいかないと思った」という。
山を削る前に実施される発掘、貝塚調査のほか、津波で被災した文化財の脱塩や泥の除去を行い、修復するための「安定化処理」など、文化財レスキューについてもページを割いた。ヒロインらが市立博物館を訪れ、「熊谷」ならぬ「熊田」学芸員に古文書の安定化処理を依頼する場面も出てくる。
桑原さんは「津波によって失われたものが多い中、そこに生きてきた人たちの〝記憶〟であり思い出である文化財を救うことは、断絶されてしまった『過去』と『今』とをつなぐ媒介を守ることなのだと思う」と、レスキュー活動に携わる人々の思いを受け止め、物語に反映させた。
それは小説の中で地元住民が語る「風景もすっかり変わってしまい、地域の人たちもばらばらになった今、自分たちのふるさとの記憶のよすがになるものは、どんな小さなものでも、ありがたいんだよ」といったセリフにも表れている。
「本の読者層と文化財レスキューに興味ある人は重ならないはず。一般の方に活動を知ってもらえるのでは」と熊谷さん。今も続く修復作業の苦労も報われた気持ちだ。
また「史実や事実をうまく織り交ぜてくれており、陸前高田の歴史・文化の奥深さも伝えられる。ぜひ地元の人に読んでもらいたい。『たがだってこんなにすごいんだ』と気づいてもらえると思う」と期待を寄せる。
今月25日発売予定の続編『悪路王の左手』も、引き続き岩手がメーンの舞台に。気仙の各所も登場する。「荒唐無稽に思われるだろうが、ロマンだけはあふれているので、ぜひお読みいただければ…」と桑原さん。
熊谷さんは「もし作品をドラマ化するときは、博物館としても全面協力したい。自分の役は誰がやってくれるのかな」と冗談めかしながら「今から続編が楽しみ」と話していた。