「魂でもいいから、そばにいて」、ノンフィクション作家・奥野さんが震災遺族の霊体験談出版
平成29年3月16日付 7面

ノンフィクション作家・奥野修司さん(68)=東京都町田市=は、東日本大震災の犠牲者の霊と遺族が「再会」したという体験談を追った「魂でもいいから、そばにいて 3・11後の霊体験を聞く」(新潮社)を出版した。受け止めきれない事実を突きつけられ、もがき苦しむ家族が、さまざまな形でそばに感じた亡き人の存在。不可思議ながらも遺族にとってかけがえのない「つかの間の触れ合い」に迫った心の震える一冊だ。
陸前高田など4年間取材
「妻が笑顔で『どこにもいかないよ』と言った」「3歳の息子の大好きだったオモチャが突然動き出した」「死亡届を提出したときに届いた兄からの『ありがとう』というメール」――。
本では、陸前高田市の遺族を含む16の「物語」をまとめた。夢に、あるいは音や光となって亡き人が現れる奇妙な現象だが、最愛の人を思い続ける残された人たちに、一縷(いちる)の安らぎや希望を与える。
大宅壮一ノンフィクション賞の受賞歴がある奥野さんが被災地で取材を始めたのは、平成24年12月。再現できず、検証しようがないテーマだが、1万8000人を超える震災死者・行方不明者の数だけあったはずの物語と、霊体験を通じて「大切な人と生き直している」遺族の思いを記録に残そうと、約4年間被災地に通った。
遺族のもとへは少なくとも3回以上たずねた。幽霊譚(たん)とも思われかねない体験。信ぴょう性がなく、誰にも話してこなかったという人が大半で、足を運び続け2、3年たって霊体験について口を開く人もいた。
取材中、絶望の淵にある遺族になんと声をかければいいか分からず、話を聞きながら涙したこともあった。「愛する人がいない世界は想像を絶する地獄」「あの子が最後に口にしたのが泥の冷たい海水だったと思うと、かわいそうでかわいそうで…」。奥野さんも「住み慣れたまちが新品になったところで、遺族に復興は訪れない。悲しみは時がたっても消えることはない」と再認識した。
何度も顔を合わす中で、話の内容が微妙に変わる人もいたが、その変化も真摯(しんし)に受け止めた。「人は物語を生きる動物だが、その物語は不変ではない。不思議な体験によって、死者と紡ぎ直した物語は、時間とともに自分の納得できる形に変わるのは当然」。遺族は生きるため、そうやって悲しみに折り合いをつける。
「霊と再会しても『頭がおかしくなった』と思われないため、誰にも話さずに抱え込む人が多いが、それでは孤独感が膨らむだけ」と奥野さん。「合理的に考えるべきでないこともある。遺族が語る死者との物語を受け止め、悲しみを抱える人の声に耳を傾ける社会になってほしい」と願いを込める。
全254㌻。定価は1400円(税別)。