郷土の安全安心願う、大船渡市魚市場で湾口防波堤完成式(別写真あり)

▲ 関係者らが船上から防波堤を見学=大船渡

 東日本大震災の津波で倒壊し、国が復旧工事を進めていた大船渡港の湾口防波堤が完成し、19日に大船渡市大船渡町の市魚市場で完成式が開かれた。同日は式典で盛大に完成を祝い、見学会も実施。関係者が震災前の倍以上の施設高となった津波防護の要を間近に見ながら、郷土の安心安全に願いを込めた。

 

式典では完成を祝うテープカットも=大船渡市魚市場

式典では完成を祝うテープカットも=大船渡市魚市場

 式典には国、県、市、施工業者、大船渡市漁協、地元企業などから合わせて約150人が出席。
 はじめに、国交省の津田修一大臣官房技術参事官が「ハード、ソフトの一体的な対策により、地域の安全安心の確保を進めていきたい」とあいさつ。達増拓也知事と戸田公明市長もそれぞれ防波堤の完成を祝うとともに、津波発生時の高台避難の重要性を説いた。
 来賓の長坂康正内閣府大臣政務官兼復興大臣政務官は「安全安心の礎となる湾口防波堤が復興のシンボルとなり、新たなまちづくりの弾みになれば」とし、黄川田徹、橋本英教両衆議院議員、平野達男、木戸口英司両参議院議員も祝辞を述べた。
 続いて、施工業者が戸田市長に湾口防波堤の模型を贈呈。このあとのアトラクションでは、大船渡保育園の園児らが鹿踊りを披露し、関係者らによるテープカットも行われた。
 湾口防波堤は、昭和35年のチリ地震津波から3年後の38年に着工し、およそ20億円が投じられて42年に完成した。湾口中央部を10万㌧級船舶が入港できるよう、幅730㍍、水深16・3㍍の地点に末崎町側から291㍍、赤崎町側から243㍍の防波堤が築造された。
 平成23年の東日本大震災で被災し、24年7月に復旧工事に着手。数十年から百数十年に一度の津波として考えられる明治三陸大津波級の対応を基準としている。
 防潮堤などの効果的な組み合わせにより、多重的に港湾と市街地を防御することとし、湾口防の施設高は震災前の倍以上となる11・3㍍に設定。
 工事では、まず海底に基礎マウンドを製作。基礎マウンド頂上に、津波の早い流れに抵抗する重さ650㌧の逆T字型の「潜堤ブロック」を埋め込むなどして粘り強い構造としている。
 防波堤の基礎となる鉄筋コンクリート製の「ケーソン」は、北堤に10函、南堤に13函の計23函据付。その後、上部コンクリートを打設していった。
 海底には防波堤内外の海水交換を促進するため、直径3・5㍍の通水管を18本設置している。
 式典前には、関係者らが船に乗って湾内外から防波堤を見学し、津波防護の役割に理解を深めた。