第二の古里忘れない、福井市の後藤さん帰郷へ/陸前高田(別写真あり)
平成29年4月6日付 7面
東日本大震災直後から陸前高田市に滞在し、6年間支援を続けてきた福井県福井市の元市議・後藤勇一さん(57)が今月、地元に帰る。2日には拠点となっていた矢作町で住民らによる「送別と感謝の会」が開かれ、地域を愛し、各方面で復興のため尽力した〝陰の功労者〟に惜別と感謝の思いを伝えた。後藤さんは「地域の人たちにも受け入れていただき、本当にうれしかった。自分の中でも大事な6年となった。福井から応援を続ける」と、第二の古里となった陸前高田に思いを寄せる。
6年間地域に寄り添う
拠点の下矢作で送別会
下矢作地区コミュニティ推進協議会(村上誠治会長)が中心となって企画した「送別と感謝の会」は同地区コミセンで開かれ、住民ら約30人が参加。
村上会長は「震災直後からずっと被災者に寄り添い、支えてくれた。何も恩返しができないが、『ありがとう』という気持ちだけでも伝えられれば」と感謝。
伊藤明彦市議会議長のあいさつに続き、「下矢作たねっこまくべえ会」の藤倉泰治副会長は、戸羽太市長から預かった「陸前高田を愛してくれた後藤勇一という男を決して忘れてはならない。またいつの日か笑顔で再会できる日を楽しみにしている」というメッセージを代読した。
地元の村上製材所(村上富夫社長)が高田松原の被災マツで作った木製の感謝状、記念品、花束を贈呈。その後は女性部手製の料理を堪能しながら思い出話に花を咲かせた。
津波で兄夫婦を亡くし、工場も被災した村上社長(69)は「震災直後からの付き合いで『戦友』。後藤さんからたくさんのパワーをもらった。ご縁に感謝です」と語った。
市議の引退を決めていた2期目の終盤に震災が発生。福井県の災害ボランティア「チームふくい」に加わり、平成23年3月17日に陸前高田市入りした。
市役所が流され、まち全体が混乱していた中、地域に飛び込んでニーズを把握。障害者の就労継続支援事業所で避難した障害者のために毎日昼食を作ったり、保育所や津波により孤立した地域に何度も物資を運んだ。
がれき撤去の活動を地域に直接申し込み、一番最初に受け入れてくれたのが下矢作地区だった。以来、同地区に「運命を感じた」といい、地元の鈴木旅館などを拠点に市内各地で〝何でも屋〟のように細かな要望に応えた。チームふくいをはじめ陸前高田を訪れるボランティア団体のコーディネートも担った。
故郷に妻や家族を残し、単身での生活となったが、後悔はない。「復興のスタートラインに立つまでは」と、仕事に就いて収入を確保しながら残り続け、気付けば6年が過ぎた。
住民からも慕われ、地域の敬老会に来賓として招かれたことも。「議員時代も出席したが、まさか陸前高田でも呼ばれるとは」と笑顔で振り返る。
自身の中でも陸前高田は大切な地となったが、父親の介護のため、帰郷を決めた。25年から毎年取り組む東京・両国国技館そばでの物産販売を今月末に行い、応援する活動を終える。
「地域での活動をスタートさせた下矢作でこのような会を開いていただきありがたい。陸前高田の現状、住民の活動を福井で伝えていく。いつかまた陸前高田に来ます」と約束した。






