思い出は波にも奪われず、昭和期の〝まちの記憶〟残す/陸前高田昔がたりの会 『こころのたからもの』発行

▲ 30日から販売される『こころのたからもの』と阿部さん

 東日本大震災によって、「何一つなくなった」と形容されることもある陸前高田市。だが、まちの〝骨子〟を太く築いてきた数々の出来事は、人々の記憶にしっかり残されている──。そう確信した有志らが同市で継続開催する「高田のじいちゃん・高田のばあちゃん 昔がたりの会」。激動の昭和期を生き抜いてきた高齢者らが語った「たがだの話っこ」が初めて冊子となり、30日(日)に販売を開始する。タイトルは『こころのたからもの』。どんな大災害にも奪えなかった「思い出」という名の宝石たちが、気仙語の温かさとともに輝きを放つ一冊となっている。

 

 陸前高田昔がたりの会(阿部裕美会長)が平成28年春から開催している「昔がたりの会」。毎回、古いまちの記憶をとどめる市民が「語り手」を、会長である阿部さん(49)が「聞き手」を務め、昭和初期~中期ごろの生活や風習を振り返ってもらうというものだ。前半は語り手を中心に、後半は来場した一人一人にマイクが回され、それぞれの思い出話も紹介する。
 話したり聞いたりしているうちに記憶が刺激されるためか、次から次とエピソードが飛び出すなど、会場はいつも大盛況。「次はいつ?」と開催を待ちわびるファンも多い。
 会の開始当初は、気仙茶を通じた交流の場づくりをする「気仙コミュニ・ティー運動応援隊」の主催だった。同隊代表の前田千香子さん(51)=雫石町=は、北限の茶を守る気仙茶の会の会員。高齢者から茶の製法などについて話を聞くことが多かった。一方、阿部さんも震災後、多くのお年寄りから昔話を聞かせてもらう中で、生まれ育った〝たがだまぢ〟の新たな一面に心引かれてきたという。
 「こんなにおもしろくて貴重な話を、自分たちだけでとどめておくのはもったいない」。同じ思いを持った前田さんと阿部さんが立ち上げた「昔がたりの会」。地域住民や、映像・番組制作関連の仕事をするメンバーがこれに共鳴し、開催はおよそ1年半で11回を数えた。
 今回まとめられたのはこのうちの9回分。高田町、気仙町今泉、小友町、矢作町のエピソードが中心だが、同じ町がテーマでも、中身は千差万別だ。個々の記憶を持ち寄ることで、多面的・立体的に浮かびあがる以前のまち。かさ上げによって市街地が土の下へと消えても、人々の思い出が、ありし日のまちの姿をつなぎ止めてくれていることが分かる。
 「昔がたりの会」は、「細くなる記憶の糸を太く編み直す」作業そのもの。震災よりずっと以前の高田を知る人々が「宝物」として持っている記憶──それらを語ってもらい、丁寧に受け取る〝体勢〟を整えるためにも、「発災から5年、6年と経過した今が、話を伺う絶妙なタイミングだったと思う」と阿部さん。
 冊子発行にあたっては、「受け取ったものを次の世代へ」と願う。「ここで語られているのは、学校で習うのとは違う歴史の側面。この地域の人々の〝息遣い〟を知ってもらい、『こういう時代があっての〝今〟なんだ』と実感してもらえれば」と阿部さんは語る。
 編集は、仙台に拠点を置く一般社団法人NOOK(のおく)の小森はるかさん(28)と瀬尾夏美さん(29)が手掛けた。語りは、方言までそのまま書き起こし。表紙の絵は、高田町字館の沖から見た昭和35年の写真をモチーフに瀬尾さんが描いた。
 震災後に気仙で暮らし、映像や絵、言葉で同市を記録し続けてきた2人ならではの、温かい〝手触り〟がある冊子に仕上がった。
 帯に記された「高田はいいどごだったんだねぁ」という語り手の言葉が、会の参加者すべての思いを象徴する。また、たびたび登場する戦時中のエピソードも、大震災で打ちのめされた地域がたくましく生きていくための〝ヒント〟として、重要な示唆に富んでいる。
 同書は税込み1000円。同市では伊東文具店と一本松茶屋、りくカフェ、いわ井、川の駅よこたで、大船渡市ではブックポートネギシの2店舗、ブックボーイの2店舗で取り扱う。盛岡市のさわや書店、花巻市のマルカンでも販売される。