鈴木俊一五輪相インタビュー㊤
平成29年8月31日付 2面
復興の姿 国際社会へ発信
「被災市町村もホストタウンに」
鈴木俊一五輪担当大臣インタビューの応答要旨は以下の通り。
─東日本大震災津波の被災県選出で初めて五輪担当大臣に起用された。「復興五輪」の位置付けとして被災地の食材や木材利用を挙げているが、具体的な取り組みは。
大臣 東日本大震災の時に国際社会から大変なご支援を頂いて復興を進め、ちょうど2020年が国の定めた復興期間の終了年度に当たる。国際社会からの力を頂き、ここまできたんだという姿を発信をすることが復興五輪の肝だと思っている。
実際にオリパラの日本誘致が決まった時、被災地では国民の関心がオリパラに移ってしまい災害が風化するのではないか、道路建設や競技施設建設で東京に人も資材も集中してしまい東京大会が復興の足を引っ張るのではないかという声があったのも事実。
けれども東京大会を成功させるために、「自分たちは被災地の人間で、五輪は東京の人の話だ」では成功しない。たとえば農産物や水産物の生産を通じて参加しているんだとか、被災地の食材を使ってもらうことにより、自分たちも大会に関わりを持っているんだとの思いを持ってもらえる。
ただし選手村で使うには調達基準がある。食材も多様な食材を全国から集める必要がある。もちろん全て被災地からというわけにはいかないが、より多くのものを使ってもらう努力をしたい。
木材については、競技施設の建設で木材をなるべく多く使おうという申し合わせもあると聞いている。本県は丸太生産が全国3位で、素晴らしい木材がある。被災県からの木材の活用もぜひ促進したい。
─キャンプ地誘致の他、世界のオリンピアン・パラリンピアンと被災地との交流についての構想は。
大臣 ホストタウンについて、岩手もぜひ都市数を増やしてもらいたい。盛岡市がカナダのホストタウンになっており、同じように被災市町村でも名乗りを上げてほしい。
被災時に具体的に支援してくれた国があり、その国との関係がある。もちろん盛岡市でやってもらうのは大賛成で大変良いことだ。復興五輪として、復興した姿を見てもらうためには被災地でも引き受けてくれれば、オリパラ選手との交流にもつながる。
ホストタウンは現在全国に179件あるが、もっと増やしたい。たとえば田野畑村がホストタウンになるにはどうしたらいいか、それを応援する体制を整えている。外務省に窓口を決め、今までも大使館につないだり、海外へ行ったりして話をつなげている例もある。
最近県町村会の方と会って話すと、宿泊施設や食事の面でハードルが高いと感じていた。事前キャンプの受け入れがホストタウンの必須の要件ではない。できるところはある。
─本県選出として大臣に就任し、本県あるいは被災地とオリパラとの密度の濃い関わりにつながると期待する声もある。
大臣 オリパラはスポーツの祭典と捉えられがちだが、文化の祭典でもある。文化面での世界との交流、日本の素晴らしい文化・価値観をいろいろな催しを通じて世界に発信することも大変重要なこと。
それについて文化プログラム「beyond2020」は岩手県に2件あるが、ホストタウンと同様に増やしたい。海外との関わりの中、被災地がスポーツで参加していなくても、文化面で参加すれば、より濃密な関係になる。
─聖火リレーのコース選定について、被災地への対応は。
大臣 大会組織委員会が決めることで、1年ぐらい前にならないと決まらないと聞いている。聖火が被災地を走るとなれば、自らが参画している、自分たちの古里がまさに参画しているとの思いを持ってもらえると思う。被災地と東京大会の距離をぐっと縮めることができればと考える。
1964年大会はルートが四つに分かれていた。現在IOC(国際オリンピック委員会)は聖火が聖なる火なのだから、一筆書きのように走るよう要請がある。代わりに現在は約100日かけて走る。前回は30日ぐらいだったという。
(聞き手・盛岡タイムス 大崎真士次長)






