須崎の記憶伝える、住民らの要望実現し「交差点跡」石碑完成/大船渡
平成30年3月8日付 7面

大船渡市大船渡町のキャッセン・モール&パティオの市道野々田明神前線側入り口付近にこのほど、「須崎交差点跡」の石碑が完成した。震災後に町内会が解散した同町の須崎地域住民らでつくる「しらせ会(旧須崎町)」(千葉新郎会長)がかねてから要望していたもので、同会では「東日本大震災前のまちの様子を思い出す機会になれば」と話し、実現に導いた多くの協力に感謝している。
しらせ会は、平成2年に南極観測船「しらせ」が大船渡に入港する際、地域を盛り上げようと須崎の商店会や有志らでつくった会員制組織。現在も大船渡港に客船が入港した際、歓迎する取り組みを続けている。
須崎にはかつて魚市場があり、多くの漁船が入港。漁師や船員が立ち寄り、デパート、映画館などもあって活気にあふれた港町だった。
しかし、23年の震災では18人が犠牲となり、全家屋が流失。須崎町町内会は解散となったが、しらせ会がその代わりとなって地域コミュニティーを維持し、定期的に住民たちが集まる機会を設けている。震災後、住民たちからは「須崎があった証しがほしい」との声や署名活動もあり、28年には同会が市へ史跡碑建設を求める要望書を提出していた。
こうした「須崎の記憶を残したい」とする同会や住民らの思いに、大船渡町内で復興事業に取り組む建設共同企業事業体が賛同。事業体の協力、支援を受け、かつて須崎交差点があった地に石碑を、須崎川沿いには表示板を設置することとなった。
石碑は先月末に完成。20㌢角、高さ1㍍25㌢の白御影石製で、四方に「須崎交差点跡」と記されている。
千葉会長(78)は「実現はなかなか難しいと言われていたが完成となり、市や事業体、キャッセン大船渡など協力、支援をいただいた方々に感謝している。石碑を通じ、先人たちの土地があったこと、震災前の須崎の様子を思いだしてもらえれば」と話している。須崎川沿いの表示板は、4月下旬に完成予定。