佐藤霊峰の足跡を後世に、賛歌『この道』が完成/住田

 住田町上有住出身の歌人・佐藤霊峰(本名・兼夫)の生誕100年に合わせ、上有住の地域住民が霊峰賛歌『この道』を完成させた。古里を思い、自らの高き目標を追い続け、多くの人々に慕われた足跡などを描いた歌詞に、温かいメロディーが添えられた。同地区公民館で11日(日)午後1時から行われる「ふるさと創生大学佐藤霊峰生誕100年記念シンポジアム」で、合唱が初披露される。

 

 11日に初披露、生誕100年に合わせて

 

 大正7年4月13日に上有住八日町で生まれた霊峰は、歌壇に強く憧れ、昭和16年4月に上京。中央大学夜間部経済学部に入り、働きながら勉学に励むとともに、大正ロマン主義の代表的女流歌人で「情熱の歌人」とも称された柳原白蓮に弟子入りした。
 霊峰の雅号は、郷土の名峰・五葉山に由来し、歌集『土くれ』や自選詩歌句集『この道』などを発表。36歳の時に白蓮主宰の同人誌「ことたま」で編集長を務め、歌壇でのさらなる活躍が期待されていたが、胃がんのため38歳で他界した。
 上有住の町民俗資料館前に歌碑があり、白蓮が揮ごうした霊峰の歌『この道は細く果てなき道なれば 一人しづかに行かんとおもふ』が刻まれている。館内には、霊峰関連資料が展示されている。
 貧しい生活を送りながらも、自らの目標に向かって歩んだ足跡を賛歌として残そうと、昨秋から地域住民の間で構想が膨らんだ。最初に上有住天嶽在住の千葉修悦さん(64)が歌詞=別掲=をまとめ、作曲は同八日町在住の佐々木裕一さん(65)が担った。
 歌詞では1番で霊峰が抱いていたふるさとへの思い、2番では歌に対する孤高の意思を描き、いずれの歌詞にも霊峰が残した歌が登場する。3番は霊峰への思慕を表し、白蓮が霊峰に対して残した歌を引用した。
 言葉を乗せるメロディーをつくった佐々木さんは「霊峰さんが先に亡くなり白蓮さんと離ればなれになってしまったが、賛歌の中では一緒にしたい思いを込めた。誰もが楽しみながら歌い、霊峰さんの足跡を後世に伝えられれば」と語る。
 賛歌が披露される「シンポジアム」は、五葉地区を拠点に多様な学習機会を創出する文化政策・まちづくり学校(ふるさと創生大学、学長・池上惇京都大学名誉教授)が主催。霊峰の足跡や住田の気風に迫る講演などが予定されている。
 入場無料で、誰でも参加できる。問い合わせは創生大学の運営委員も務める千葉さん(℡080・6019・3328)へ。