住民対話から今後探る、シンガポールの国際政治学者・ラム氏が市内で研究活動/陸前高田(別写真あり)

▲ ラム氏㊨が「シンガポールホール」などを見学し、地元の女性たちとも〝飛び入り〟で交流

 今月3日に来日した国際政治学者ラム・ペンエ氏(59)=シンガポール国立大学東アジア研究所研究員=は8~10日、陸前高田市に滞在し研究活動を行った。東日本大震災で壊滅的な被害を受け、シンガポール共和国をはじめ各国からの支援を復興への大きな足掛かりとしてきた同市の市民・団体等へのインタビューや交流を通じ、ラム氏は国際社会に発信できることは何か探った。
 ラム氏はシンガポール内閣に対し、日本の情勢に関する説明資料を定期的に提出するなど、両国の関係性においても重要な位置を占める人物。今回は、独立行政法人国際交流基金アジアセンターが、対日理解と国際的な対話促進を目的に、ASEANの10カ国から社会的・文化的に優れた知識人らを招へいする事業の一環で日本を訪れた。
 同氏は東日本大震災後、近隣アジア諸国が展開した人道・復興支援が、ASEANにおける日本と各国との対等な関係構築のきっかけになったと考え、その後の国家間関係に注目。3年前に学会で仙台市を訪れたものの、本格的な被災地訪問や被災者との懇談は今回が初めてといい、本人の強い希望で同国と縁が深い陸前高田への来市が実現した。
 8日に到着したラム氏は、高田町内の震災遺構を見学したり、小友町の気仙大工左官伝承館で語り部の話に耳を傾け、市内で民泊。9日は若手移住者らが同市への移住を決断した背景などを聞き取ったほか、大船渡市の「三陸鉄道」盛駅から震災学習列車に乗車するなどし、〝あの日〟も追体験した。
 10日には、シンガポール赤十字が創設した基金から支援を受けて建設された高田町の陸前高田市コミュニティホールを見学。同国への感謝を込めて「シンガポールホール」と名付けられた大ホールではこの日、市内の女性たちが踊りの練習を行っており、ラム氏も地域伝統の「御祝」に合わせて扇子を握った。
 出会った人々から歓迎を受けたラム氏は、「皆さん強くて温かい。泊めていただいた家の方の方言はとても印象的で、地元産のお米もおいしかった。このホールが地域の高齢の方々にも活用されているのを見て、大変うれしく思った」と喜んだ。
 さらに、「ぜひ、シンガポール国民には陸前高田の海、食、歴史を体験してもらいたい。震災の体験と復興についても学ぶことが多くある。陸前高田の人々にもシンガポールへ来てほしい」と語り、「若者の交換留学をはじめ、きょうお会いしたような〝おばあちゃん〟たちにシンガポールで踊りを披露してもらったり、反対にこちらの舞踊を皆さんに見てもらうといったこともできるのでは」と、今後の両者の関係性発展に期待した。
 同氏はこの日、戸羽太市長、岡本雅之副市長、村上清参与、市議会の伊藤明彦議長、藤倉泰治議員らとも懇談。
 陸前高田の政治的な歴史にも強い関心を寄せ、日本とアジア諸国との関係を新たな視点で考察するための一助としていた。