絵本で記憶たどって 被災した木を主人公に 『川原の思い出さくら』発刊 大船渡
平成31年4月11日付 3面

東日本大震災で大規模に被災した大船渡市大船渡町の川原地区。同地区住民が公民館代わりに利用していた市の「老人福祉センター」も全壊被害を受けたが、敷地内にたった1本だけ命をつないだサクラがあった。昨年伐採されたこのサクラをもとにした絵本『川原の思い出さくら』がこのほど、地域住民らの手によって発刊され、人々が楽しい思い出を振り返るためのよすがにしている。
大津波により、町内会を構成する147世帯のうち9割が全壊被害を受け、大船渡町内で最多となる27人が犠牲となった川原地区。町内会は解散せず残ったが、コミュニティーの拠点であった福祉センターは全壊した。
同センターの敷地内にあったサクラの木は、塩害を受けたにもかかわらず震災後も花を咲かせ、希望をつないだ。
平成27年夏に完成した災害公営住宅「川原アパート」では、団地の向かいにある生き残りのサクラの花見を毎年行い、地区の思い出話にも〝花を咲かせて〟きた。
しかし、津波で受けた痛手はやはり大きく、樹木は徐々に衰弱。枯れて腐った枝が落ちたり、幹ごと倒れてくる危険性があることから、昨年春に伐採された。
「サクラがあったことを、形として残したい」──。大船渡小の卒業生に生花のコサージュを贈る活動を通じて川原アパートの住民と親しくなった「健康生活ネットおうしゅう」代表の小関洋子さん(60)は、入居者の平山睦子さん(63)がそんな思いを持っていることを知り、「絵本を作ってはどうか」と提案。知人の画家・タカハシシオンさん(一関市在住)との間を橋渡しした。
タカハシさんは絵のイメージを膨らませるため、30年4月に同アパートを訪れて住民たちと懇談。
同地区を流れる須崎川の両岸にあった桜並木や、老人福祉センターに隣接する形で昭和30年に整備、平成20年度に廃止された市営プール、町の五年祭、盆踊りなど、聞き取った回顧録をもとに3カ月ほどで24枚の絵を仕上げ、同アパートに届けた。
満開のサクラに葉桜、紅葉、〝雪の花〟をかぶったサクラ──四季を通じてサクラの木とともにある記憶を、タカハシさんは美しく優しい情景として丁寧に描いた。地区住民らはそれらをどんな順番で並べるか話し合い、「あかね詩の会」会員でもある平山さんが文をつけた。
平山さんは当初、何か書こうとすると津波の経験やまちの惨状ばかり思い出してしまい、なかなか言葉をつむぎ出すことができなかったが、小関さんに相談するうち、「命ある限り、最後まで生き抜こう」という前向きな姿勢を表現したいと考えるようになったという。
絵を見て記憶を刺激された人が思い出にひたる時のさまたげとならないよう、言葉は1ページに1行ずつと最低限にとどめた。完成した作品を手に取った人の口からは、次々と懐かしい話があふれ出てくるという。
絵本を印刷するため、公益財団法人・国際花と緑の博覧会記念協会から助成金を得るといった面でも協力した小関さんは、「思い出話をしている人たちの表情が楽しそうで、作ってよかったと思えた。読んだ人が前を向き、意識を未来に向けてくれたことがうれしい」と安どの表情を見せる。
平山さんは「絵本を見たみんなが、いろんな思い出を持ち寄ってくれる。木が切られたからそこで終わり、ではなくて、さらに思いが広がり、新しい物語が始まったんだなあと思えた。この絵本が、楽しい思い出をよみがえらせるきっかけになれば」と願う。
当初は販売予定はなかったものの、欲しいという人が多かったことから、1000円で販売。増刷のための資金に充てるという。絵本に関する問い合わせは平山さん(℡080・2824・6392)まで。