母校の寮歌に光を 掘り起こしへ資料収集 大船渡高出身の千葉さん(立根)(別写真あり)

▲ 母校で歌われた寮歌を掘り起こそうと資料を集める千葉さん

 今年で創立70周年を迎えた県立大船渡高校。その前身が盛町にあった時代に作られたとみられる「寮歌」を掘り起こし、後世に伝えようとしている人がいる。

 

「自彊寮」寮歌の歌詞と楽譜

 同校は、盛町に構えていた県立盛農業高校に普通科が設置され、校名を盛高校と改称した昭和24年を創立の年とする。その後、同37年に普通科は猪川町、農業科は立根町の校舎にそれぞれ移転して大船渡高校に改称。40年には大船渡農業高校と分離し、現在に至る。
 前身の盛農高からさらにさかのぼると、創始は大正9年設立の気仙郡立県気仙農学校。この後は同12年に郡制廃止に伴い県立盛農学校、昭和13年に盛農業園芸学校と改称し、同19年に盛農業学校、23年に盛農業高校となっている。
 長い歴史を持つ母校で歌われた寮歌にスポットを当てようとしているのは、大船渡市立根町字平田の千葉義文さん(72)。盛高校から大船渡高校に校名が変わった年に入学した。
 当時は交通事情が悪く、旧三陸町など遠方出身の生徒は寮に入って学んでいたといい、母校創立70周年の話題に触れるうち、「当時、寮生たちが口ずさんでいた歌をいま一度掘り起こそう」と思い立った。
 千葉さんは平成3年9月、立根町字川原地内にあり、大船渡、大船渡工、大船渡農の市外出身生徒などを受け入れていた「清和寮」が解体されたのを機に寮歌の存在を思い出し、元教職員や生徒らをたどりながら資料を集めてきた。
 これまでに、昭和18年度卒業生のアルバムに記された詩などから、寮歌のタイトルは「自彊(じきょう)寮寮歌」であったことが判明。昭和24〜36年盛農高勤務で、寮の舎監も務めた佐々木耕助氏(綾里)からは歌詞と楽譜の写しが寄せられた。
 作詞は佐野醇氏とある。「大農七十年史」(平成2年発行)の職員在勤一覧によると、盛農学校〜盛農業園芸学校時代の昭和12〜18年に在籍したとあり、このころに寮歌が生まれたと推測される。「気仙農学校開校翌年の大正10年に寄宿舎兼養蚕室が上棟したといい、ここが寮の前身だったと思われるが、『自彊寮』としていつからいつまであったかなど、分からないことが多い」と千葉さん。
 70周年を迎えた母校。寮歌は幾多の変遷を経る中で「幻」となりつつある。千葉さんは「音源として残すことはできないかなど、自分勝手ではあるがいろいろと考えている」と、さらに掘り下げを進めたいという。
 また、「大船渡では今、中学校の大幅な再編が進んでいる。応援歌など新しい学校に引き継がれないものもあると思うが、そうした各校の歴史の一部を幻とすることなく、後につないでいく取り組みがあってもいいのではないだろうか」と話している。