春の叙勲/地域と歩んだ活動に光 気仙から2人が受章

 政府は、29日付で発令する令和2年春の叙勲受章者を発表した。受章者は全国で4181人、県内在住者78人。気仙からは、元県議会議長の田村誠さん(71)=大船渡市赤崎町字宮野=が地方自治功労で旭日中綬章、元大船渡市消防団長の今野武義さん(69)=同市盛町字町=が消防功労で瑞宝単光章を受ける。伝達式や受章者による天皇陛下への拝謁は、新型コロナウイルス感染症拡大防止の観点から中止となった。

 

旭日中綬章 田村誠さん(地方自治功労)

県土の均衡発展目指し奔走

 

 大船渡市赤崎町出身。受章の報を受け、「大変光栄の至りであり、多くの支持者、県民の方々の温かい理解と支援のおかげ。皆さんを代表していただくと思っている」と深く感謝する。
 大船渡一中、東北電力学園を卒業後、東北電力に入社。労働組合の活動で選挙運動に携わったことが政治を志すきっかけとなり、「当時は若い人がどんどん都市に流出していた。3世代が一つ屋根の下で暮らせる地域づくりが必要」と、昭和55年4月の同市議選に出馬。初当選から連続5期、市政と向き合った。
 しかし、気仙をはじめとする沿岸部と内陸部との地域格差などを実感し、平成11年4月の県議選に立候補。当選後は、「均衡ある県土の発展」と「浜がよければ陸(おか)もよい」を二大テーマに掲げて議員活動に励んできた。
 毎年春、ワカメ収穫作業の場で漁業者らの声に耳を傾け、ホタテの貝毒調査エリア拡大などを実現。23年の東日本大震災発生当時には、地域コミュニティーを生かした応急仮設住宅団地の整備など、被災地の早期復旧、復興に奔走した。
 県議5選後の27年9月から2年間、議長を務めた。「公平かつスムーズな議会運営に努めてきた。大変忙しかったが、充実した活動ができた」と振り返る。
 昨年9月の任期満了をもって勇退し、約40年の議員活動に終止符を打った。震災から9年余りがたち、「基盤整備はほぼ成り立ったが、今後は復興需要が落ち込み、新型コロナウイルスの影響で企業もどうなるか。被災者に寄り添って一人も取り残さず、子どもたちが将来に希望を持てる復興を成し遂げてほしい」と思いを寄せ、「議員を辞めてできる範囲は限られるが、今後も地域の役に立てる取り組みをしていきたい」と力を込めた。

 

 瑞宝単光章 今野武義さん(消防功労)

市民の安全を守り38年

 

 昭和49年に大船渡市消防団に入団してから38年間、市民の安全な暮らしを守ろうと各種活動に尽力。受章の知らせに「ただただありがたい。受章できたのは、素晴らしい先輩方や優秀な部下たちのおかげ」と感謝を示す。
 入団したのは23歳のころ。先輩からの熱心な勧誘を受け入団した。消防団活動に励む中で、誰かのために活動することや、仲間と何かを成し遂げることに喜びを感じ、操法競技会も楽しみの一つだったという。
 平成21年に消防団長となってからは、団員たちに「義勇と愛郷の精神」を持って活動することはもちろん、「地域や市民のためと言っても、団員たちにも家庭がある。家族を悲しませることがあってはならない」と危険な現場でも自分の安全を確保してから活動するよう訴えた。
 自身が「約38年の消防団生活の中で最大の出来事」と語る23年の東日本大震災では、最前線で現場を指揮。津波で変わり果てたまちの様子に、この先どうなるのかと不安を抱えながらも、救助、捜索活動や避難所生活を送る市民たちのサポートに力を尽くした。しかし、消防団では、津波が押し寄せるその時まで懸命に避難誘導を行った団員3人が殉職。「団から犠牲者を出してしまったことが心残り。自分の命を大切にすることを常に呼びかけていたが、彼らは最後まで市民たちの命を守ろうと力を尽くしたのだろう」と語る。
 退団後も消防団の活動や、まちが復興していく様子を気にかけてきた。「災害はいつどこで発生するかわからない。今の団員たちには、過去の経験を過信せず、『地元を守るんだ』という誇りを持って活動に臨んでいただきたい」と期待を寄せる。