子らの成長を優しく見守って 「母子像」復元完了し除幕 関係者ら喜び分かち合う(別写真あり)
令和2年6月6日付 7面
東日本大震災の津波で損壊し、復元が完了した陸前高田市の「母子像」の除幕式が5日、高田町の市民文化会館「奇跡の一本松ホール」そばの現地で開かれた。建立から40年の節目を迎える今年、子どもや地域を見守ってきたシンボルが本来の場所によみがえり、復元に注力してきた関係者が喜びを分かち合った。
震災津波で損壊
奇跡の一本松ホール脇の広場に再建された像は高純度アルミニウム製で、高さは台座を含めて約3㍍。新たに母子像の由来や復元に向けた歩みを刻んだ石碑2基も建てた。
除幕式は復元実行委(金野ヨシ子会長)が主催。当初、4月中旬に開くこととしていたが、新型コロナウイルス感染症防止のため5日に延期した。
同日は実行委メンバーや来賓ら約30人が出席し、代表者が除幕。一本松ホール中庭で行われた記念式典では、実行委が多額の寄付や修復に尽力した8個人に感謝状を贈呈した。
来賓の戸羽太市長は「復元されたことが、まちの復興や発展につながることを願っている」と述べた。
母子像は、市更生保護婦人会(現・陸前高田地区更生保護女性の会)初代会長の故・熊谷ハツエさんが発起人となり、昭和55年10月、旧市民会館前に建立。長崎県長崎市の平和祈念像を手がけた彫刻家の故・北村西望氏が熊谷さんらの熱意にこたえ、制作が実現した。
近隣の館の沖公園に移築されたあとも、同婦人会が中心となって毎年母子像を磨いたり、周辺を清掃するなど大切に管理してきた。
津波で頭部などが流され、背中に穴が開いた状態で発見され、平成30年に市各種女性団体連絡会が復元実行委を設立。その後、別の場所で台座が奇跡的に見つかり、「台座も一緒に直すことが被災地の復興の証しとなる」と、一式の復元を目指して市内外から寄付を募るなどした。
除幕式には、熊谷さんの息子の妻・宏子さん(76)=高田町=も出席。「建立に奔走し、苦労してきた母の姿をずっと見てきた。立派に復元され、天国で心から喜んでいると思う」とほほ笑んだ。
金野会長は「市民文化会館を背景にした場所に台座とともに復元し感激している。子どもたちの健やかな成長を見守り、母親たちの心のよりどころとなってほしい」と願いを込めた。
感謝状贈呈者は次の通り。
木川田典彌(医療法人勝久会理事長)、須賀芳也(㈱佐武建設代表取締役)、黒谷政弘(黒谷美術㈱代表取締役)、遠藤健司(㈱遠藤石材代表取締役)、西田良治、熊谷宏子、中村ヒサ、吉田千代子






