木造復元船「気仙丸」 展示活用へ陸揚げ 蛸ノ浦漁港での係留終える(動画、別写真あり)

▲ 陸揚げにより、船底部分があらわになった「気仙丸」

長年係留されていた蛸ノ浦漁港からえい航

 気仙船大工の技術を結集し、平成3年に建造された木造千石船の復元船「気仙丸」の陸揚げ作業が19日、赤崎町内で行われた。長年係留されていた蛸ノ浦漁港から、㈲大船渡ドック(中野利弘代表取締役)までえい航。今後は陸上での活用を計画しており、これが最後の湾内〝航行〟となった。再び気仙船大工らの手で補修が進められ、液体ガラス塗装を施して長寿命化を図る方針。大船渡駅周辺地区内での展示を見据え、年度内の整備完了を目指す。

 

来年3月の完了目指す

今後は補修・長寿命化作業に

 

 蛸ノ浦漁港では、タグボート船が大船渡ドックを目指して「気仙丸」をえい航。かつては真っ白な帆を広げて優雅に航行したこともある木造の船体はこの日、帆柱だけの状態だったが、大船渡湾内をゆっくりと進み、最後となるえい航を静かに終えた。
 ドック内の引き上げ船台付近では、慎重に台車に乗せられ、ワイヤで引っ張られると曲線の船底部などがあらわになった。今後は水洗いに加え、安定させるためのおもりとして積んでいた「バラスト」の取り出しや、乾燥が行われる。
 月内にも、気仙船匠会のメンバーによる現況把握や、今後の補修計画の調整などを行う計画。中野代表取締役は「かつて建造した方々にもう一度見てもらいながら、何ができるか作業を考えていきたい」と話していた。
 「気仙丸」は、江戸時代に気仙と江戸、九州地方の交易に活躍したとされる「千石船」の歴史を伝える復元船。長さは18㍍、幅5・75㍍、高さ5㍍。帆柱の高さは17㍍で、帆の広さは畳85枚分に及ぶ。気仙特産のスギやケヤキ、ヒノキを材料とした。
 商議所を中心に組織された千石船建造推進協議会が地元自治体や団体、企業、市民などから浄財を募り、気仙船匠会のメンバーによる技術で平成3年12月に完成。翌4年には「三陸・海の博覧会」に協賛出品され、高い評価を受けた。
 その後も三陸・大船渡夏まつりなどで活用され、平成20年7月に大船渡市などで行われた「海フェスタ」でも関心を集めた。NHK大河ドラマ『龍馬伝』をはじめとしたドラマや映画の撮影にも生かされ、多方面で活躍を続けた。
 東日本大震災時は、係留されていた蛸ノ浦漁港で奇跡的に被害を免れた「奇跡の船」としても知られる。一方、老朽化などで腐食の進行が著しく、抜本的な修理の必要性に迫られていた。
 現在は商議所が所有し、商議所内に事務局がある千石船気仙丸管理運営委員会が管理・運営を担っている。商議所を中心に組織された任意団体「千石船気仙丸利活用検討委員会」や市ではこれまで、新造船建造やミュージアム建設なども選択肢に入れながら検討。今年に入り、船自体の長寿命化による液体ガラス塗装を施したうえでの陸揚げ展示が、最も有効な整備手法案との結論に達した。
 液体ガラスは20年超の耐久性や防炎、防腐・防蟻、変色防止の効果が期待される。広島県・厳島神社の大鳥居をはじめ、神社仏閣の補修や再生に広く利用されている。
 整備場所は、船を活用した地元内外の人々による交流の場を目指す「みなとオアシスおおふなと」内の大船渡駅周辺地区で検討中。管理運営委員会が管理・運営を担い、気仙の船大工による卓越した伝統技術を後世に伝える事業などに生かすことにしている。
 同商議所の新沼邦夫専務理事は「長年活用のあり方が宙ぶらりとなり、朽ち果てる可能性もあった。残せるということで安堵(あんど)している」と話す。
 その上で「誘客や情報発信のあり方もしっかりと固めなければ」と、今後を見据える。船大工独特の技術を示す利活用はもちろん、太平洋航路の確立によって江戸庶民の食文化に変化をもたらした物流や文化面の歴史発信など、展示整備が担う役割は多岐にわたるだけに、検討体制のあり方にも注目が集まる。