野里さん(大船渡)の『鱒』が大賞 「長塚節文学賞」短編小説部門 住田と気仙川舞台に執筆

▲ 「長塚節文学賞」の短編小説部門で大賞に輝いた野里さん

 茨城県常総市出身で、歌人・作家として知られる長塚節(1879〜1915年)を広く顕彰する第23回「長塚節文学賞」(同市・節のふるさと文化づくり協議会主催)の短編小説部門で、大船渡市末崎町の野里征彦さん(77)の作品『鱒』が大賞に輝いた。

 

 長塚は正岡子規に師事して「アララギ」の創刊に携わるなどし、万葉集の歌風を取り入れた歌で名をなした。その後発表した小説『土』は、文豪・夏目漱石に絶賛され、のちに「農民文学不朽の名作」と評価されている。
 その名を冠した文学賞は、短編小説、短歌、俳句の3部門で作品を公募し、入選作品集の刊行などを通して「節のふるさと常総」の文化を全国に発信していこうと行われている。
 今回は短編小説部門に148編、短歌部門に3174首、俳句部門に4704句の応募があった。短編小説は作家の高橋三千綱さん、短歌は「歩道」編集長の秋葉四郎さん、俳句は「対岸」主宰の今瀬剛一さんらが審査員を務めて昨年12月に最終選考が行われ、各賞が決まった。
 短編小説で大賞に輝いた野里さんは陸前高田市出身。水産加工会社勤務、政党役員などを経て、平成14年に推理小説『プランクトンの夜』で作家デビュー。ミステリー小説を中心に刊行を重ね、自身の東日本大震災の経験を踏まえた作品も発表してきた。
 今回の受賞作の『鱒』は、住田町と気仙川が舞台。釣りと晩酌を慰みとして一人暮らす老いた男を描いた。中山間地の生活ぶりが写実的に盛り込まれ、登場人物は気仙弁で話す。審査員の高橋さんは「方言がきつく決して読みやすい作品ではないが、野生の鱒との戦いの描写に迫力を感じた。とつとつとした文章にも引き込まれた」と講評している。
 今月予定されていた表彰式は新型コロナウイルス感染症拡大防止のため中止となり、野里さんのもとに賞状や記念品、入選作品集などが届いた。
 「喜寿を迎え、若い人と文学賞を競うことに気恥ずかしさもあったが、自分の小説手法が古くなってはいないかという漠とした不安と、長塚節文学賞の魅力あるネーミングに引かれて応募した」と野里さん。「過疎をテーマに描いたつもりだが、いつの間にか『釣り文学』になってしまったようだ。商業出版とは異なったまっすぐな評価をもらうことができた」と控えめに喜んでいる。