東日本大震災10年/一本松のチェロで奉納演奏、スケッパーさん(東京都在住)が今泉天満宮前で

▲ 再建中の今泉天満宮の前で、東日本大震災直後に作った曲を演奏するスケッパーさん

 オーストラリア出身で東京都在住のチェロ奏者、ベンジャミン・スケッパーさん(40)は25日、陸前高田市

気仙町で再建が進められている今泉天満宮(荒木眞幸宮司)の前で、奇跡の一本松が描かれた「一本松のチェロ」の奉納演奏を行った。東日本大震災直後に作った曲を10年がたつのを前に、被災地で初披露。思いを温め続けていた陸前高田での演奏を実現し、犠牲者の鎮魂と未来への希望を音色に込めた。

 

被爆者の祖母に思い重ね

 

 「一本松のチェロ」は弦楽器製作家で、全国で「千の音色でつな

ぐ絆プロジェクト」を展開している中澤宗幸さんが震災の被災木で製作し、裏に一本松の絵を入れたもの。スケッパーさんは震災直後に作曲した『For our Freedom』を3回繰り返して演奏。優雅な音色が青空に響き、地元の市民ら10人ほどが聞き入った。
 荒木宮司の妻・タキ子さん(73)は「しみじみとした耳に残る、心の奥に染みるような演奏だった」と感想を語った。
 スケッパーさんの祖母・井川憲恵さんは広島県出身で、太平洋戦争中の昭和20年8月に原爆で被爆した。終戦後にオーストラリアの兵士だったウィリアム・ブラウンさんと結婚し、同28年同国に移住。スケッパーさんによると、井川さんは「戦争花嫁」として同国に嫁いだ初の日本人として有名だという。
 スケッパーさんは、祖母の井川さんから広島に投下された原爆の話を聞いて育ち、原子力や放射能に関する報道に関心を持っていた。東日本大震災と、それに伴って起きた福島第一原発事故に心を痛めた。「祖母から『人間は自然とともに生きるのだ』と教わっていて、震災は常に自分の記憶にあり、忘れてはならないことだ」と心を寄せ続けてきた。
 震災10年を迎えるタイミングで、スケッパーさんは知人の神職や、東京都の神社で神職をしている荒木宮司の次男・高橋知明さん(45)を介してつながり、陸前高田での一本松のチェロ演奏が実現することになった。
 今回演奏した曲は、震災直後に滞在していたイタリアで、夜に津波の夢を見て作った曲だという。「自分らしく生きてほしい」と願いを込めている。
 スケッパーさんは「広島の被爆の話と、震災直後の陸前高田を想像し、思いが重なった。まちの復興はまだまだこれからだとも感じた。音楽の力で人の心を動かし、明るい未来につながるように演奏を続けていきたい」と涙を浮かべて話した。

震災の被災木で作られた「一本松のチェロ」