74年の校史に幕下ろす 赤崎中学校で閉校式 来年度に綾里中と統合(別写真あり)
令和3年3月21日付 7面
来年度に大船渡市の綾里中学校と統合して「東朋(とうほう)中学校」となる赤崎中学校の閉校式は20日、同校で行われた。平成23年の東日本大震災津波で校舎が全壊するなどの被害を受けた同校。出席者たちは昭和22年の創立以来、74年にわたって生徒たちの成長を見守ってきた学校へ感謝を伝えるとともに、4月に開校する東朋中のさらなる発展も願った。
感謝と誓い胸に刻む
市主催の閉校式は、式の時間を1時間以内とし、身体的距離の確保や消毒の徹底など、新型コロナウイルス感染防止対策を講じたうえで開催。全校生徒と教職員、市議会、地元の地域公民館長など96人が出席した。
国歌斉唱に続き、戸田公明大船渡市長が「この赤崎中で培われてきた歴史と伝統、能力は、卒業生や地域の皆さまの胸に深く刻み込まれ、統合後の東朋中と次代を担う子どもたちに受け継がれていくと確信している」と式辞。
教育委員会告辞では、小松伸也教育長が「地域に愛されてきた学校が閉校となることは、在校生、地域にとって寂しいこと。これまで地域を元気にしてきた子どもたちが、これからも地域との絆をつないでいってくれることを願っている」と述べた。
菅生裕之校長は「コロナ禍でも、生徒たちは最大限の力を発揮し、今までの先輩を超える、赤崎中最後の年にふさわしい活動をしてくれた。統合後の東朋中での新たな歴史を築いてくれると信じている」とあいさつ。
来賓の三浦隆市議会議長のあいさつに続き、生徒会長の佐藤千秋君(2年)が「たくさんの人たちに愛され続け、地域の中心だった赤崎中の名前が消えてしまう悲しみはあるが、この閉校が私たち、そして地域のための第一歩となることも感じている。支えてくださった皆さんへの感謝と、東朋中を最高の学校にすること、母校を大切に思い、古里の復興に貢献する人間を目指すことを約束する」と誓った。
その後、菅生校長から小松教育長に校旗が返納され、全員で校歌を斉唱。式後は、同校の閉校事業の一環で建てられた閉校記念碑と、赤崎中の名が刻まれた標柱の保存用ショーケースの除幕式も行われた。
同校最後の卒業生となった上野碧空君は「3年間本当に楽しかった。母校の名前がなくなってしまうことは悲しいが、後輩たちには、新しい東朋中で仲間をたくさんつくって、学校生活を楽しんでほしい」とエールを送った。
赤崎中は昭和22年4月、赤崎村立赤崎中学校として創立。同27年に市制施行により市立赤崎中学校となり、新校舎も完成した。
平成23年の震災では、津波によって校舎が全壊。大船渡中学校を間借りして授業を再開し、24年に赤崎町のフレアイランド尾崎岬敷地内に整備された仮設校舎に移転。29年、現在の位置に新校舎が完成し、供用を開始した。
本年度を含め、これまでに6221人の卒業生を送り出してきたが、少子化による生徒減少などの理由から、市教委が策定した「大船渡市立小・中学校適正規模・適正配置基本計画」に基づき、綾里中とともに新設統合することとなった。赤崎中の現校舎は、4月から東朋中として引き続き使用され、校歌も引き継がれる。
綾里中の閉校式は21日に行われる。






