震災の記憶 音色で伝えて TSUNAMIヴァイオリン 製作者の中澤さんら市に贈る

▲ 「TSUNAMIヴァイオリン」を戸羽市長㊨に贈呈する中澤さん㊥

市役所できみ子さんが楽器の音色を披露

 バイオリン製作家の中澤宗幸さん(80)=長野県上田市=らが共同代表を務める東京の「TSUNAMIヴァイオリン」プロジェクトは19日、東日本大震災後に陸前高田市の奇跡の一本松や流木を材料に製作されたバイオリンを同市に贈呈した。今月6日から供用開始した市役所新庁舎では、この楽器を使っての演奏会も実施。プロジェクト関係者や市民らが「変わるまちとともに、震災の記憶を伝承する音色がこれからも響き続けるように」と願った。
 市役所で行われた「TSUNAMIヴァイオリン」の贈呈式には、同プロジェクト共同代表で東京の一般財団法人CLASSIC FOR JAPAN代表理事の中澤さんと、同じく共同代表で盛岡市の「命をつなぐ木魂(こだま)の会」の又川俊三会長(76)、中澤さんの妻で演奏家のきみ子さん(70)、市の関係者らが出席。中澤さんが戸羽太市長に手渡した。
 戸羽市長は「すばらしいバイオリンをいただいた。市民は(TSUNAMIヴァイオリンの)存在を知っていても、直接目にし、音を聞く機会はなかなかない。新庁舎が建ち新しいスタートを切った陸前高田市で、その門出を祝ってもらい感謝」とあいさつ。
 次いで、

 

中澤さんは「テレビで一本松やがれきの山を見ていた当時、妻から『あれはがれきではなく、家族の思い出と歴史の山だよね』と言われた。何もできないでいた自分は初めて自分にできる仕事を見つけた」と製作の経緯を振り返った。
 また、楽器に込めた思いについて「人に癒やしを与える木、そこから生まれたバイオリンが世界中を回り、震災の歴史を伝えている。音色に触れた人たちが過去を思い出し、次の世代に伝えていく存在となってほしい」と語っていた。
 市役所1階の市民交流スペースで開かれた演奏会では、きみ子さんが『ホーム・スイート・ホーム』『からたちの花』など三つの楽曲を独奏。市職員や市民らが、優しく静かに響き渡る音色に聴き入った。
 市職員の村上利恵子さん(37)は「透き通るような音色だった。今後この楽器を使った演奏会が市内で開かれ、純粋に音を楽しむ機会が生まれるとともに、津波のことも伝わっていってほしい」と願った。
 米崎町から訪れた金野ミエ子さん(73)は「一度死んでしまった木が、再び楽器となってこれからも生き続けると思うと感慨深い。奇跡の一本松の木も使われたという話を聞き、思い入れも変わってくる」と話し、市への寄贈を喜んでいた。
 中澤さんは、平成23年12月に同市を訪れて以降、市内の被災マツ、カエデなどを使ったバイオリンやチェロなどの製作に取り組み、翌24

 

年から又川会長らとともに同プロジェクトをスタート。世界中の音楽家がこの楽器を演奏して震災を伝承する「千の音色でつなぐ絆」コンサートも展開され、これまでに1500回余りのコンサートで750人もの演奏家が参加した。
 同市への寄贈は、数年前に中澤さんが戸羽市長から、奇跡の一本松に関わる施設が完成した際に被災木を使った楽器を貸してほしいと打診されたのがきっかけ。中澤さんは貸し出しではなく贈呈を約束し、7階に「一本松記念館」フロアが配された新庁舎の供用開始に合わせ、楽器も完成させた。
 市に寄贈されたバイオリンは、中澤さんが被災木を使用し作った楽器としては10挺(ちょう)目で、残された材料で作れる最後の楽器だったという。響きの要となる重要な部品「魂柱(こんちゅう)」には一本松の一部が使われ、楽器背面には油絵で一本松の絵が描かれている。
 きみ子さんは「被災した木で作られた楽器は、世界の名器と言われるどの楽器とも違う。楽器の音は年月がたつにつれて変わっていくもので、今は力強い音色だが、いつか優しくなっていくはず。これからこのまちとともに変わっていってほしい」と思いを託していた。
 同ヴァイオリンは後日、同記念館に飾られる予定。