交易伝える「のぼり旗」 江戸時代の千石船で使用 綾里砂子浜の千田家が保管
令和3年9月5日付 7面

大船渡市三陸町綾里の「砂子浜大家」として知られる千田基久兵衛さん(93)方では、江戸時代にかけて交易を担った木造千石船で掲げられた長さ約4㍍の「のぼり旗」が保管されている。千石船の復元船・気仙丸が大船渡町内での陸上展示に向けて準備が進む中で、千田さんは「船をきっかけに、大船渡を訪れる人が増えてほしい」と期待を込める。
気仙丸の陸上展示に万感
千田家は、海に関わる産業を通じて、住民らのなりわいだけでなく、地域社会の形成にも大きく貢献。漁業経営を担う網元に加え、幕府が推進した長崎俵物(干鮑、煎ナマコ、フカヒレ)の生産にも関わり、沿岸の繁栄を支えたとされる。
さらに、綾里から那珂湊(茨城県)や銚子(千葉県)などを経由し、江戸に特産品を運ぶ廻船交易も展開。物流にも携わることで、名家として知られるようになった。
自宅敷地内の土蔵には、貴重な古文書などとともに、のぼり旗が保管されてきた。虫干しを行うため、定期的に外に出す際に千田さんも手にし、海を仕事場としてきた歴史を感じ取ってきた。
木造千石船の復元船・気仙丸は気仙船匠会のメンバーらの手で平成3年に建造されたが、老朽化などで腐食が進行したため陸上展示の方針を決め、昨年8月に係留していた赤崎町の蛸ノ浦漁港から大船渡ドックにえい航。
その後は液体ガラス塗装が施されたほか、船匠会メンバーらによる部材新調も進められた。今月20(月・祝)、21日(火)に大船渡町の津波復興拠点整備事業区域内への移設が計画されている。
この計画を聞き、千田さんは蔵からのぼり旗を再び取り出し、改めて気仙や江戸などを結んだ交易に活躍した歴史に思いを巡らせる。旗は潮焼けが進み、破れた部分を補修した跡も確認できる。荒波を乗り越え続けた苦労や、三陸の特産品を積んだ「伊達藩から来た証し」としての誇りが伝わるという。
10年前の東日本大震災では、土蔵にも津波が押し寄せたが、高さ2㍍ほどの場所で保管していたため、浸水は免れた。くしくも気仙丸は、大津波を受けながらも転覆せずに大船渡湾内にとどまった「奇跡の船」として知られる。
気仙丸の陸上展示について「大変素晴らしいこと。後世に伝え残すためには大切なことだと思う」と千田さん。関係者の地道な調整と努力に感謝を寄せる。
展示では、海運文化の継承だけでなく、復旧・復興事業で整備された中心市街地のシンボル的な役割も担う。「千石船は、人々や物資を往来させてきた。この展示によって、大船渡に訪れる人が増えてくれれば」と期待を込める。