合併からあす20年 基盤整備 着実に前へ 三陸町との〝一体化〟形成 人口減対策や財政運営 今後のカギに
令和3年11月14日付 1面
大船渡市と三陸町が合併し、あす15日(月)で20年を迎える。有利な財源である合併特例債を生かし、住民福祉の向上や産業基盤の強化、両市町共通の特徴といえる「海」を生かした水産振興を柱に各種施策を進め、10年8カ月前に発生した東日本大震災後も着実に復旧・復興を遂げてきた。一体化が進んだ一方、合併当時4万5000人だった人口は、この20年で約1万人減少。財源確保も厳しさを増す中、持続可能な行政運営やまちづくりが求められる。
平成13年(2001)11月15日、新生・大船渡市は21世紀の新しいまちづくりへ大きな一歩を踏み出した。当時のJAおおふなと会館大ホールでは、合併記念式典が挙行され、三陸沿岸の拠点都市を目指して新たな飛躍を誓い合った。
気仙としての歴史的経緯や地理的条件、日常生活圏の一体化、厳しい財政事情に加え、昭和60年から大船渡商工会議所が推進した広域合併運動などで機運醸成が進んでいた。こうした中、両市町では平成12年5月に県の広域行政推進指針に示された合併パターンが〝起爆剤〟となり、本格協議が始まった。
翌年5月に合併合同検討会を設置、6月の任意協議会、7月には法定協議会を開き、合併協議項目の調整を経て、8月末には合併協定書に調印。両市町議会、県議会議決を受け、10月16日付官報の総務大臣告示で正式に合併が決まり、11月10日には三陸町の閉町式が挙行された。スピード感ある動きは「疾風合併」とも称された。
平成11年~17年までの改正合併特例法期間で進んだ「平成の大合併」の中では、全国で5番目。県内では第1号だった。
住民福祉向上や三陸沿岸拠点都市としての機能強化を目的に、合併建設計画を策定。これまで20年にわたり、600億円超が支出され、市魚市場や市民文化会館、認定こども園、漁港など数多くの生活環境が改善された。合併特例債の活用限度である約99億円は、本年度末で使い切る見込みとなっている。
合併10年目の平成23年3月11日に、東日本大震災が発生。沿岸部全体が甚大な被害を受けた一方、250を超える復興事業に取り組み、ほぼ完了を迎えた。震災前年に就任した戸田公明市長は「激動の時代を、市民一丸となって乗り越えた」と振り返る。
合併に対しても「時代に沿った正しい選択だった」と語る。合併建設計画に基づく市民サービスの充実に加え、行政機能の強化・集約にもつながったととらえる。
一方、三陸町特有の現状課題として、市長は買い物の不便さや漁業不漁時における影響の大きさ、林業経営意欲のある林地所有者の少なさを挙げる。
合併当時の人口は4万5160人(大船渡市3万6570人、三陸町8590人)だったが、今年10月末現在の住民基本台帳人口では3万4419人(大船渡市2万8857人、三陸町5562人)に。1万人以上が減少し、少子高齢化が進行した。
戸田市長は「市税や地方交付税の減収は避けられない。できるだけ早期に、自治体規模に応じた行財政運営を確立しなければ」と指摘。本年度の一般会計当初予算は212億円。令和7年度をめどに、震災前の規模である185億円まで縮減する見通しを示す。
さらに「合併後は新たな事業や資産(インフラや施設など)が増加した一方で、事業の廃止や縮小などはあまり検討してきていない。人口減少や少子高齢化がますます進むことから、これまで以上に経営感覚を磨き、改革・改善を図る必要がある」と話す。
持続可能なまちづくりに向け、行政のDX(デジタル・トランスフォーメーション)による効率性向上や、気仙3市町による提携事業の拡大も見据える。
震災前には、陸前高田市や住田町との合併を目指す動きもあった。戸田市長は現時点で、さらなる合併には言及せず「DXや提携といった取り組みの先に何が見えるか。もし必要であれば、3市町間でその機運が自然と醸成されるのでは」としている。






