「高田歌舞伎」後世に 元本紙記者・木下さん自著出版 浅尾左朝次の足跡など追う

▲ 木下さんの著書『高田歌舞伎を継いだ女役者大津波をまぬがれた資料から』

 元東海新報記者の木下繁喜さん(68)=東京都在住=が、『高田歌舞伎を継いだ女役者 大津波をまぬがれた資料から』(はる書房)を上梓した。陸前高田市出身の女歌舞伎役者、浅尾左朝次(本名・佐々木トキワ、1906〜1988)の人生と、彼女が戦後率いた「高田歌舞伎」の盛衰、気仙各地の地芝居について、記者時代から四半世紀に及んだ取材と津波に耐えた資料をもとに執筆。江戸中期に興り平成の初めで途絶えてしまった民俗芸能の足跡をたどり、後世に伝える一冊となっている。

 

 木下さんは大船渡市大船渡町出身。昭和55年、東海新報社に入社し、記者として気仙各地を取材した。取締役編集担当、取締役事業局長なども歴任し平成25年に定年退職。その後はフリーライターとしてペンを握り続け、東日本大震災の被災体験と教訓を伝える活動も行ってきた。
 地域の人々による歌舞伎は地芝居と呼ばれ、気仙では江戸時代中期に始まり平成元年まで演じられてきた。最後を飾ったのは陸前高田市の「高田歌舞伎」、通称「高田女歌舞伎」。木下さんがその存在を知ったのは同6年のことで、「当時、陸前高田市を担当しながら不覚にも、一座が座員の減少と高齢化によって存続の危機にあることも、全く知らなかった。失ったものの大きさに気づき、愕然とした」といい、そこから取材を本格化させた。
 高田町に生まれ15歳で芝居の世界に飛び込み、大戦を機に故郷へ戻り高田歌舞伎を継承した左朝次。そのゆかりの人々を訪ね歩き、同9年には左朝次の人生と高田歌舞伎の盛衰について、東海新報紙上で24回にわたり連載した。
 定年を3年後に控え、大船渡町にあった木下さんの自宅は東日本大震災津波で被災。保管していた歌舞伎関連の資料は水にぬれることなく奇跡的に無事だった。
 「連載で伝えきれなかったことも含め、きちんと記録に残したい」と心に決めてふたたびペンをとり、左朝次の足跡をはじめ、ゆかりの女歌舞伎役者たち、気仙各地でみられた地芝居など、四半世紀にわたる取材の集大成を一冊にまとめあげた。
 高田歌舞伎など地芝居については、気仙の市史や町史にその記述がなく、震災で失われた資料もあり、人々の記憶も薄れている。木下さんは「地域の文化までも再生してこそ、本当の意味の復興ではないか。再生できないのであれば、せめて記録だけでもまとめて後世に残す。このことも、震災後を生きるものの責任ではないかと思う」と話している。
 津波を免れた資料と執筆のため新たに集めた資料は、すべて陸前高田市立博物館に寄託したという。出版にあたってはクラウドファンディングで協力を募り、巻末には支援者たちの名前も掲載した。
 発売は今月末を予定。四六判275㌻で税込み1650円。取次店を通じ、気仙はじめ全国の書店で購入可能で、通販サイト「Amazon」でも予約注文できる。
 問い合わせは、はる書房(℡03・3293・8549)へ。

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 ※この本を読者5人にプレゼントします。応募ははがきに住所、氏名、電話番号を記入し、東海新報社読者プレゼント係(〒022・0002大船渡市大船渡町字鷹頭9の1)へ。締め切りは14日(金、当日消印有効)。応募者が多数の場合は抽せんのうえ決定し、当せん者に送付します。