東日本大震災10年/整備全宅地で譲渡完了 防災集団移転促進事業 一般公募で空き区画解消
令和4年2月18日付 1面
東日本大震災被災者の住宅再建策として、大船渡市が防災集団移転促進(防集)事業で整備した宅地の全区画で、譲渡が完了した。被災者向けの譲渡が中心だが、辞退に伴う空き区画は一般向けに公募を行った結果、市内から若い世代を中心に申し込みがあり、すべてで売却契約がまとまった。大規模に土地を造成せず、点在する未利用地を生かす差し込み型を導入するなど、地域の特性を生かした〝大船渡方式〟が、発災から11年を前に大きな節目を迎えた。
防集事業は、被災した土地の住宅を集団で安全な場所へ移転させるもの。市内では、震災前のコミュニティーをできるだけ維持しながら地域内の高台に移ることができるよう、官民一体となった移転先の選定が進められた。
国からの補助を受け、市が移転先の土地を取得して道路や水道を整備後、希望者に譲渡か賃借の契約を結んだ。市内21地区・33カ所の団地に366区画を整備した。
平成25年3月から団地造成が始まり、順次完成。移転団地の引き渡し後、売買契約を済ませた移転者は、住宅新築に入った。宅地造成は、29年9月にすべて完了した。総事業費は143億円。
366区画のうち、被災者に対する譲渡は343区画で、賃貸は14区画。設計・造成段階で辞退するなど、完成までに9区画の空きが生じた。
市は27年6月から被災者を対象に公募、分譲を実施。令和2年1月には対象を市内在住者にも広げた。昨年3月からは、市外在住者も対象に加え、未利用地の有効活用を図った。
本年度内に5区画で契約を結ぶなど、先月までにすべての空き区画で譲渡が完了。一般公募による売却は、末崎町の小河原と神坂が各1区画、赤崎町の中赤崎が2区画、永浜が3区画、三陸町越喜来の崎浜が2区画となっている。
市都市整備部住宅管理課によると、災害公営住宅入居者による再建は1区画で、残りは市内の一般在住者。子育て中など、比較的若い世代が多いという。被災者に譲渡した宅地と同様、1年以内の着工を条件としている。
典型的なリアス式海岸に面している同市は、平たんな土地が少なく、大規模な移転を進めにくい課題を抱えていた。市は震災直後から、既存地域内に点在していた空き地に注目した。
発災8カ月後の平成23年11月に、「差し込み型」の事業実施を国に対して要望。早期に認められ、さらに防集事業の移転戸数が10戸以上から5戸以上に要件緩和されたことも後押しとなった。
すでに住宅が建つ高台に整備地を確保した宅地は、15地区の65区画に上る。道路や水道など、現状のままで建築確認申請の許可が見込まれる土地に限定した。これにより、造成費や水道・道路といったインフラ施設の工事費や、整備期間の圧縮につながった。
戸田公明市長は「地域ごとに土地を見つけ、どの区画に誰が入るか調整し、それを行政が受け入れた。手づくりで、被災者の入居率が高く、成功したプロジェクト。1区画あたりの事業費も4000万円程度で、全国でも低い方に当たるのではないか。市内で21地区に細分化したのも〝大船渡方式〟として注目された要因」と総括する。
各地区とも被災者の居住開始から年月が経過し、既存の住宅地に溶け込んだほか、新たに生まれたコミュニティーでも住民活動が定着。このうち、赤崎町・中赤崎地区では、37区画の「森っこ団地」が生まれた。多くの世帯が震災前から町内の生形地域に暮らし、避難生活や仮設住宅暮らしでも交流を深めてきた。
森っこ地域の公民館長を務める中山進一さん(70)は「昔からの知り合いが多く、気を使うことなく生活できているのでは。これからは、震災前の生形地域でできていた災害時をはじめとした緊急時の『声がけ』を整えることができれば」と、今後を見据える。