検証──大混戦の大船渡市長選㊦「政策選挙」その先は 注目集まる公約実現への行動
令和4年12月1日付 1面

告示後の11月22日、赤崎地区公民館。渕上清氏(64)は個人演説会に臨み、地域住民らを前に支持拡大を求めた。
「3歳未満の保育料無料化を必ず実現していきたい。バラマキと言われるかもしれないが、教育費、保育料の負担を軽減したい。誰でも、いつでも入れる保育園を目指していきたい」
「在宅の高齢者にとって、移動手段がまったくない。数十㍍先のごみステーションに行くのも大変な方がいる。いつでも、どこでも行ける便利な移動手段を確立したい。地域に合ったものを。外出機会は、健康にもつながる」
「もう一度しっかり防災を見直し、命を守ることに徹し、誰一人取り残さず、想定外とは言わせない。地域の方々の声をよく聞き、実行性のある防災計画を打ち立てたい」
投票日が近づくにつれ、具体的な政策の訴えが増えた。より多くの票を得るためには自然な流れではあるが、今回は現職が出馬しなかったため「継続か、刷新か」といった対立軸が当てはまらず、さらに立候補者が多かった分、政策の違いに注目が集まった。
昨年12月にいち早く出馬を表明した鈴木茂行氏(53)は支援組織を持たず、自身が練り上げた施策をSNSなどで積極的に発信した。
村上守弘氏(63)は4月以降、産業振興や子育て、観光など分野別の施策を後援会報にまとめ、きめ細かく全世帯に周知を図った。
佐藤寧氏(55)は8月から活動し、小中学生の給食費無料化を強調。農林水産業振興やタクシーチケット充実など、重点施策を絞った。
鵜浦昌子氏(67)は告示後の遊説で、女性視点を生かした産業振興に加え、自身の国際経験を踏まえながら英語教育の充実などに力を込めた。
各候補者の訴えでは、少子高齢化が進む中での子育て支援や、産業振興、道路整備などの施策が目立った。舌戦は、市が抱える課題を浮き彫りにした。
当選者に今後求められるのは、選挙戦で語った言葉の実行性だ。訴えをどのように形にしていくか。新たなまちづくりに臨むリーダーだけに、これまで以上に期待と注目が集まる。
投開票の翌日、渕上氏は「任期4年間の中での優先順位を決めたい。予算をつけるだけでなく、ちょっとした工夫で実行できるものもたくさんあると思う」と語った。
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次点となった佐藤氏は、投票前日の26日も、地域回りを徹底し、具体的な施策を強調。地域住民を見かけると車を止めて駆け寄り、グータッチを交わした。細かくマイクを握り、訴えを響かせた。
自民党県連や同大船渡支部が推薦し、選挙戦終盤は支部関係者のネットワークでも呼びかけがあり、懸命に追いかけた。半面、他候補も同党支持者とつながりがあり、広がりに勢いを欠いた。
佐藤氏とともに4000票台に乗せた村上氏。10月上旬から本格化した「語る会」では、まず出席者の声に耳を傾け、持論を展開した。企業経験などを踏まえた将来像に、うなずく姿が目立った。
各候補の訴えや公約を比較して、村上氏を選択した有権者も多かったとみられる。しかし、他陣営に比べると組織力に劣り、地域や企業のまとまった形での支持はなく、特に後半は厳しい戦いを強いられた。
鵜浦氏は告示1カ月前の10月下旬に表明。直後に後援会が立ち上がり、市議会会派・新政同友会(5人)や連合気仙が支援に回る中で現市政継承を掲げ、さらに現職も支持し、台風の目となった。
投票前日の夜、陣営での打ち上げ演説でも、関係者が「投票箱のふたが閉まるまでが選挙です」と繰り返し、協力を求めた。支持を訴える決まり文句ではあるが、上積みへの時間不足を感じさせた。
鈴木氏は、動画サイト・ユーチューブやSNSによる施策発信を続けた。独自性を強調しながら浸透を目指したが、新人同士の激戦に埋没し、票が伸びなかった。
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過去最多の5人が出馬した今市長選の投票率は、前回選を6・43ポイント下回り、過去2番目の低さとなる67・48%に終わった。平成13年に三陸町と合併して以降、今回初めて有権者が2万人台となり、投票者数は1万人台となった。
過去の市長選で低投票率に終わった多くは、当選者と次点者の差が大きく開いた結果が多い。今回も、過去最低の67・34%だった平成26年と同様、3000票超となった。渕上氏に敗れた4氏が浮動層の関心を得られず、票につなげられなかった背景もうかがえる。
今市長選は、コロナ下では初の選挙。緊急事態宣言中に行われた令和2年4月の市議選投票率は65・71%と前回選より9・99ポイント低く、過去最低だった。
市選挙管理委員会の佐々木一郎委員長は、投票率に関して「今回も、新型ウイルスの影響が大きいのではないか。さらに、高齢化の進行もある。自らの足で投票所に行けない割合も増えているのではないか。最近の衆院選や参院選の投票率に近づいていることからも、そういった傾向が考えられる」と話す。
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東日本大震災の復旧・復興事業を柱とした市政運営の時代は終わり、持続可能なまちづくりをけん引する新リーダーとなるために、5氏が舌戦を展開した。1年にわたる選挙戦で浮き彫りになった市政課題や活性化へのアイデアを、一つずつ具現化することが、渕上氏が出馬当初から掲げた「総力あげて活気倍増」につながる。大混戦の中から生まれた渕上市政が、いよいよ本格始動を迎える。