陸前高田から沖縄・宮古島へ 震災で流失のコンテナ漂着 12年経て2000㌔先の海岸で発見 関係者驚く 今後「里帰り」へ
令和5年3月26日付 7面
12年を経て流れ着いたのは──。東日本大震災の津波で流されたとみられる陸前高田市教委所有のプラスチック製のボックス型コンテナが、沖縄県宮古島市に漂着したことが分かった。市教委などによると、埋蔵文化財などを入れる容器として使われていたものという。「あの日」から12年をかけておよそ2000㌔離れた地にたどり着き、関係者を驚かせている。(高橋 信)
沖縄の宮古島市総合博物館によると、コンテナは今月19日、宮古島市内の高野漁港脇のビーチで見つかった。観光客が発見し、同館が回収した。
大きさは縦約40㌢、幅約55㌢、高さ約28㌢。「陸前高田市教育委員会」と印字されており、同館が陸前高田市立博物館などに照会した。
コンテナはへこんでいる箇所があり、一部割れているものの、大きな破損部はなく、もとの形状をほぼ保っているという。容器の底にサンゴが付着していることから、宮古島市総合博物館は一定期間、南の海中にあったとみて、今後付着物などを簡易調査する。最終的には陸前高田市に返還する。
総合博物館学芸員の湯屋秀捷さん(26)は「とても驚いた。岩手から沖縄まで巡り巡ってたどり着いたんだなと感じた」と思いをはせる。
湯屋さんは北海道白糠町出身で、函館市内で暮らしていた中学2年の時に震災を体験した。「函館も揺れて津波被害を受けた。震災で流されてきたであろうコンテナを見て当時のことも思い出した」と振り返った。
陸前高田市側も沖縄からの知らせに驚く。一昨年11月にも沖縄県内の別の海辺で、同市教委のコンテナが発見された。
市立博物館学芸員の浅川崇典さん(33)は「12年がたったにもかかわらず、いまだに漂着物があり、しかも沖縄に流れ着き、驚いている。そのままにせず連絡をいただき、宮古島の関係者の思いに感謝している。収蔵資料ではないが、戻ってきたら大切に保管したい」と話した。
同市では、津波で流失した高田高校の実習船「かもめ」が震災発生から約2年後の平成25年、米カリフォルニア州クレセントシティの海岸で発見された。船はその半年後、クレセントシティのデルノーテ高校生徒らの熱意で〝里帰り〟を果たし、現在は同館に展示されている。






