家族の看護負担軽減へ 町が在宅レスパイト事業開始 気仙初の取り組み 医療的ケア児等対象に
令和5年5月26日付 1面

住田町は本年度から、気仙初となる「医療的ケア児等在宅レスパイト事業」を展開している。レスパイト(小休止)によって医療的ケア児等の看護や介護を行う家族の負担を軽減するため、訪問看護ステーションの看護師が家族に代わって見守りを行うもので、料金はすべて町が負担する。同町の医療資源は決して潤沢とはいえないが、「誰もが暮らしやすいまち」の実現に向けて関係機関が連携し、医療的ケア児とその家族を支えていく。(清水辰彦)
「この事業のおかげで、心にも余裕が生まれました」──。住田町上有住の小向裕之さん(41)は、およそ3年にわたって自宅で三女・葵水ちゃん(3)の看護にあたっている。
生後4カ月の時に心停止の状態で病院に運び込まれた葵水ちゃん。一命はとりとめたものの、低酸素脳症を発症。後遺症によって意識がなくなり、体も一切動かなくなった。自発呼吸もない状態で、人工呼吸器の管理やたんの吸引、経管栄養など日常的なケアが必要な医療的ケア児となった。
小向さんは大船渡市内にあるリサイクルショップで店長を務めていたが、小学校に通う双子の姉妹の世話もあり、現在はアルバイト程度に抑え、主夫業に専念。妻・はるかさん(40)と交代で看護にあたり、大船渡市内の医師の訪問診療や、住田町の訪問看護ステーションのサポートも受けている。
自発呼吸があるかないかでは、大きな違いがある。葵水ちゃんは人工呼吸器が必要となるため、電気代の負担も大きい。一緒に出掛ける時には酸素ボンベが必須。万が一、停電となった場合には役場から貸与を受けた発電機や、ハイブリッドの自家用車が頼りとなる。
自宅での看護で最も気を使うのが、人工呼吸器の水滴。たまった水滴が、気管へと挿入されている管をふさぐと酸素が送られなくなるため、そばにいて機械のアラーム音に常に耳を澄ませているという。「音」には細心の注意を払い、夜間も気を抜けない。裕之さんも、はじめのうちは寝ていても気が張り詰めている状態だったという。
医療の進歩も背景として、全国的に増加している医療的ケア児。常時見守りが必要なため、介護者は常に緊張状態。たとえ負担に感じていなくとも、無意識のうちに精神的、肉体的な疲労につながっていることも多い。
息抜きもできず、きょうだいがいる場合でも学校行事への参加は制限される。こうした家族の負担を軽減するために住田町が取り組み始めたのが、医療的ケア児等在宅レスパイト事業だ。
対象となるのは▽住田町に住民登録がある▽在宅で同居の家族等の看護・介護を受けている▽医師の訪問看護指示書による医療的ケアを必要としている▽医療保険制度の訪問看護を利用し、医療的ケアを受けている──のすべてに該当する医療的ケア児等の家族。
利用できるケースは、体調不良のために世話ができない、家の幼児やきょうだいの学校行事で外出しなければならない場合など。利用時間は1四半期ごとに24時間で、1日1回を利用限度とし、1回当たりの利用時間は1時間以上8時間以内。利用は無料。
今月20日、この事業を利用して、小向さん夫妻は双子の長女と次女が通う小学校の運動会に訪れた。緊急時に備えて携帯電話は常に目の前に置きつつも、最初から最後まで、夫婦で運動会を観覧することができた。「救急病棟の病室並みの設備がある自宅で子どもを見てもらえるという安心感がある」と裕之さんは語る。
国としても、医療的ケア児およびその家族に対する支援に関する法律が令和3年9月に施行されてはいるが、全国的に在宅レスパイト事業の広がりはまだ鈍い。
裕之さんは「日本は、赤ちゃんの命を助けられる確率が他国に比べて高い。その助かった子どもたちの在宅ケアの仕組みづくりを、医療施設や行政、家族が同じ方向を向いて考えていければ」と支援制度の広がりを願う。
気仙では初、県内で見ても数少ない先進的な取り組みを開始した住田町。町保健福祉課の千葉英彦課長は「誰もが暮らしやすい、共生のまちづくりに向け、小さな町でもこうした仕組みをつくっていくことが重要」と力を込める。