貴重な古文書を後世に 綾里「砂子浜大家」で虫干し作業 14代当主 故・基久兵衛さんに感謝込め

▲ 蔵から資料を運び出し、座敷内で虫干し作業を展開

千田家の古文書をもとにした報告会も開催

 大船渡市三陸町綾里の「砂子浜大家」で21日、大学教員らで構成する千田家文書研究会(代表・齋藤善之東北学院大学経済学部教授、14人)による古文書の虫干し作業と、研究報告が行われた。現地作業はコロナ禍以降では初めてで、この間、14代当主である千田基久兵衛さん=享年94=が亡くなった。関係者は、生前温かく迎え入れた基久兵衛さんの優しさにも思いをはせながら、資料の重要性を再認識した。(佐藤 壮)

 

 砂子浜大家の千田家は、海に関わる産業を通じて、住民のなりわいや、地域社会の形成に大きく貢献。漁業経営を担う網元に加え、幕府が推進した長崎俵物(干鮑、煎ナマコ、フカヒレ)の生産にも関わり、沿岸の繁栄を支えたとされる。敷地内の土蔵には貴重な古文書が残る中、齋藤教授らが所属する研究会組織が20年ほど前から整理・撮影を進めてきた。
 年1回程度千田家で作業を進め、報告会も開催。平成23年の東日本大震災では、土蔵にも津波が押し寄せたが、同年9月にも活動に入り、撮影は18万枚超に及ぶ。現在はデータベース化に向けた目録作りが進み、研究会では月2回程度、オンライン会議などで情報共有を図っている。
 しかし、新型コロナウイルスの影響で、令和2年以降は現地での活動が途絶えていた。さらに、研究者に優しく接してきた家主の基久兵衞さんが、今年1月に亡くなった。
 今回の調査にあたっては、前日に基久兵衛さんの孫をはじめ親族らが蔵の資料を出すなどして準備。研究会からは、齋藤教授と岩手県立大学宮古短期大学部の雲然祥子専任講師が訪れた。座敷に資料を並べ、戸を開けて風を入れながら虫干しする作業などを行った。
 また、親族や地域住民、ボランティア、気仙歴史文化研究会(甘竹勝郎会長)のメンバーら向けに、報告会を開催。他の文書研究会メンバーともオンラインでつながる中、齋藤教授と国際基督教大学大学院修士2年の齋藤海歌さんが、初代綾里村の村長を務めた第11代当主の千田仁兵衛氏が残した「明治29年日誌」に記されたアメリカ人救助の内容を紹介した。
 日誌によると、同年4月3日、沖合で漂流していたアメリカ人船員3人を気仙沼の商船が助け、上陸させた。9日までの間、千田家で郡や県の職員、警察官らによる取り調べ後、神奈川に送られ、帰国したとある。
 その後、在神奈川の米副総領事・シドモア氏からの書簡が仁兵衛氏に届いた。親切に対応し、金銭による補償を辞退したことなどへの感謝がつづられていた。この書簡も、千田家に保管されていた。
 シドモア氏は、中央大学の創立期を支えた外国人講師の一人としても知られる。一方、同大学には火災で同氏の肉筆書簡は残っていないといい、齋藤教授は貴重な書簡であることなどを伝えた。
 引き続き、同大学大学院博士後期課程3年の大銧地駿佑さんが、近世後期の気仙郡における御普請(土木工事)について解説。千田家文書からは、備えていた労働力を津波被災時には近隣村の復旧のために派遣していた足跡が分かり、千田家をはじめ役人層が果たした役割や災害復旧の流れといった具体的な解明が期待できるという。
 聴講した研究会メンバーや親族らは、歴史を後世に伝える古文書の奥深さを再認識。資料保存などの重要性にも意識を高めていた。
 齋藤教授は「基久兵衛さんがわれわれ研究者を迎え入れてくれたからこそ、今がある」と、感謝を込めた。同研究会は、今後も、定期的な訪問を計画している。