名称は「祈りのモニュメント」 来年3月完成の東日本大震災追悼施設 〝10のまち〟象徴するガラス構造に
令和5年11月11日付 1面

11日で東日本大震災発生から12年8カ月。これを前にした10日、大船渡市は来年3月の完成・除幕式を目指す東日本大震災追悼施設整備の名称やデザイン、構造をまとめ、公表した。大船渡町のみなと公園内に整備する主要な構築物の名称は「祈りのモニュメント」。ガラス素材を支える10本の柱は市内の10地区を意味し、未来に向かって支え合う意志などを込めた。犠牲者の氏名を掲示する芳名板は、毎年3月の一定期間にスロープ路に設けるほか、通常はQRコードからスマートフォン上で閲覧できるようにする。(佐藤 壮)
きょう震災12年8カ月
名称やモニュメントの完成イメージは、10日の記者会見で示された。渕上清市長は「規模的には大きなものではないが、当時を思い起こし、伝承につなげるとともに、犠牲者への追悼の気持ちを表してほしい。隣には同じような目的で設置された『鎮魂愛の鐘』もある。市内外の方がより足を運び、さまざまな思いをこの場で持ち、伝えてほしい」と語った。
主要な構築物となる祈りのモニュメントは、縦2㍍、横1・7㍍。大船渡湾内を見ながら祈るようガラス素材とする。
支える10本の柱は、大船渡市の盛、大船渡、末崎、赤崎、猪川、立根、日頃市の各町に加え、三陸町の綾里、越喜来、吉浜の「10のまち」を意味する。「みんなで未来を支え合う意志を表し、次なる津波災害による被害を最小限にすることができるように」との願いを込めた。
震災では海沿いの大船渡、末崎、赤崎、三陸各町に加え、盛町も浸水被害を受けた。日頃市町内では直後から炊き出しをはじめ支援活動が展開されたほか、猪川、立根の各町では支援活動の拠点機能とともに、大規模な仮設住宅団地が形成された。
みなと公園は、須崎川河口部に位置し、震災後、県が海岸防護を目的とした防潮堤などと合わせて復旧整備を進めた。防潮堤を挟むように高さ7・5㍍の築山が造成され、頂上部に大船渡湾内を眺望できる「展望広場」がある。令和2年11月に供用開始し、昨年3月には大船渡西ロータリークラブによって「鎮魂愛の鐘」が移設された。
広場へのスロープ沿いには、明治三陸地震、昭和三陸地震、チリ地震津波の高さを表した過去の津波高表示板を設置。津波高と同じ高さに置くことで、歩きながら津波の高さを体感できる。スロープを上りきった広場から、復興した街並みとモニュメント越しに海を望むとともに、震災の記憶を風化させることなく未来への教訓としてつなぐ流れを描く。
県が整備したみなと公園の整備コンセプトには「直立堤の存在感を和らげ、人々が集える居場所づくり」があり、その妨げとなる影響も考慮。平常時は、説明板に添えるQRコードをスマートフォンで読み取ると、画面上に犠牲者の氏名が表示される。芳名板は、発災日の3月11日を含めた一定期間、スロープ路の中間付近に毎年掲示し、犠牲者に思いを寄せる。
市によると10月末現在、市民の震災死亡者は354人で、行方不明者は79人。関連死は83人。芳名板の犠牲者氏名は、遺族から意向が確認できた場合のみ掲示し、地区・世帯ごとの50音順が基本とする。現段階で355人が掲示される見込みで、市内で犠牲となった市外在住者4人も含む。
モニュメントや芳名板には、遺族らが献花できる機能を備え、強風等により容易に花が散乱しないような構造にも配慮する。一方、追悼式典などによる大規模な献花については想定していないという。施工は今月下旬以降本格化し、来年3月11日(月)の除幕式を予定している。






