縄文人の暮らしに迫る 市教委文化財めぐり 国指定・蛸ノ浦貝塚で(別写真あり)
令和5年11月28日付 2面
大船渡市教育委員会による文化財めぐり「貝塚の現地を歩く!」は26日、赤崎町の国指定史跡・蛸ノ浦貝塚などで行われた。参加者は貝塚内や漁港を訪ね、恵まれた海の資源を生かした縄文時代の生活に思いをはせた。
同貝塚は来年1月22日(月)に国史跡指定から90年を迎える。貝塚の「エキスパート」を案内役に迎え、全国屈指の規模を持つ巨大貝塚や、縄文時代の暮らしを支えた自然環境について考えようと企画した。
日本考古学協会会員で元市立博物館長の金野良一さんが案内役を務め、地域住民ら約20人が参加。旧蛸ノ浦小学校から貝塚内に入り、海を見渡す場所に位置する地形や過去の調査活動などへの理解を深めた。
蛸ノ浦に加え、大船渡湾の対岸に位置する下船渡貝塚も来年で国史跡指定90年となる。海を見渡しながら、金野さんは「蛸ノ浦貝塚から珊琥島、下船渡貝塚と国指定の文化財が一直線に並んでいる」「蛸ノ浦貝塚の時代は今よりも暖かった。海水面も高かったが、リアス式海岸で崖が多く、今とさほど海岸線は変わらなかったのではないか」などと語った。
現在、市立博物館で開催されている蛸ノ浦貝塚関連の企画展では、調査活動で出たホタテやアサリの貝殻に加え、マグロの骨なども紹介している。参加者は市漁協本所前の漁港も訪れ、貝塚と海の近さを確認しながら、当時の漁労文化を探った。
金野さんは「マグロをどうやって取ったか。追い込み漁が行われていたのではないか」と語った一方、解明されていない部分も多いとし、参加者自身による〝考察〟に期待。そのうえで「島々の間に良い漁場があり、貝類も採取でき、とてもいい場所だった。だから大きな貝塚になったのではないか」と語った。
地元を知る参加者が思い出を語り、震災前の地形や産業に思いを巡らせる時間も。海岸線も歩くことで、縄文文化の奥深さにも触れた。
赤崎小1年の中村環菜さんは、本年度の「さんりくジオパークかわらばん」で赤崎町の大洞貝塚についてまとめたことから参加。「蛸ノ浦貝塚は思っていたよりも広かった。もっと勉強したい」と話していた。






