欧州ヒラガキ 養殖の可能性模索 県沿岸に定着確認 高水温でも生存可能か 寺本さん(陸前高田出身)ら研究進める(別写真あり)

▲ 県水産技術センターで育成・研究されているヨーロッパヒラガキと寺本さん

 釜石市にある県水産技術センター増養殖部の専門研究員・寺本沙也加さん(29)=陸前高田市出身=は、本県山田湾などでこのほど確認され、国内での定着を初めて明らかにしたカキの一種「ヨーロッパヒラガキ」(以下ヒラガキ)に関し、種苗の安定生産や養殖技術の確立に向けた研究を進めている。欧州では希少な高級食材となっており、国内での需要も高いことから、寺本さんは「新規養殖種として古里に新たな食文化を醸成し、地域活性化にもつなげられるのでは」と語り、その可能性を広げようと目を輝かせる。(鈴木英里)


 欧州原産のヒラガキは、カキ目イタボガキ科イタボガキ属の二枚貝で、主に生食される。日本には昭和27年、低水温地域でも増養殖可能な品種として持ち込まれ、北海道や青森、岩手、宮城などで養殖が試みられた。しかし、種苗が育たなかったり、市場価値が高まらないなどの理由で生産は約20年前に終了。各地に保存されていた母貝も東日本大震災の津波ですべて流失していた。
 一方、寺本さんらの研究グループは、昨年4月に山田湾の漁業者から持ち込まれた10個体のカキ類がすべてヒラガキであることを確認。また、県内24漁協などへの聞き取りの結果、同湾だけでなく宮古湾、大船渡湾、越喜来湾、門之浜湾、広田湾でも生息が認められた。これにより同グループは、海外から意図的に持ち込まれたカキ類が天然の海域に定着した国内初の事例として論文を発表した。
 寺本さんらは昨年度、山田湾で見つかった個体からの種苗生産にも成功し、養殖化に関する研究などを進めている。ヒラガキは冷水性である半面、成貝は水温30度にさらされても生存可能とする研究結果もある。幼生の段階では高温下でのへい死が増えるものの、水温が高いと成長も促進されることが分かっている。
 寺本さんは「思った以上に成長が早く、何年もかけて大きくしてから食べるカキでもない」といい、マガキより早いサイクルで出荷できる可能性や、ホタテのように貝毒が「高毒化」しない性質も指摘。いわゆる「外来種」のため、「分布拡大には注意が必要」とする一方、持ち込まれてから70年以上たっても漁業への影響は確認されておらず、懸念は大きくないという。
 また、「個人的な推測だが、養殖終了から20年以上たつ中で見つかったということは、三陸の環境に適応が進み、現在の高水温でも育つ強い系統のヒラガキが残ったということかもしれない。ホタテやエゾイシカゲガイの死滅等で悩む地元のために、新規養殖種として提案できれば」と期待を込める。
 ヒラガキ原産地の欧州では、伝染病などにより資源量が激減。約9割がマガキに置き換わり、希少な食材となっている。日本への輸入は5年ほど前から停止。一方、国内でもレストランなどからの引き合いが強く、高級食材として「確実に需要はあるはず」と寺本さんは語る。
 さらに「山田では自家消費している漁師さんもいて、『クセになる味』と聞く。フランスなどでは白ワインと合わせて楽しむ食材だそう。気仙にもすてきなワイナリーがある中、『おいしいワインとヒラガキを味わえる』となれば、地域振興にも寄与できるのでは」と力を込める。
 子どものころからの貝好きが高じて現在の仕事に就いた寺本さんは、「自分を育ててくれた地域に対し、貝類研究で貢献できたらうれしい」とし、成果を上げるべくまい進している。


ヒラガキ標本 陸前高田市立博物館に

 

陸前高田市立博物館に寄贈されたヒラガキの標本と熊谷さん

 寺本さんはこのほど、陸前高田市立博物館に対し、山田湾で発見されたヨーロッパヒラガキの標本8点を寄贈した。同館や震災前にあった「海と貝のミュージアム」は、寺本さんが貝

類研究に携わるきっかけとなった施設。「自分がそうだったように、地元の方が貝に関心を持つ一助になれば」と語る。
 「論文化した標本は公的な環境に置き、広く一般に活用されるべき」という考えに基づき、寺本さんは、子どものとき研究の手ほどきをしてくれた学芸員・熊谷賢さん(57)がいる同館に標本を寄贈。「貝類研究を一緒に盛り上げてくれる人が、ここからまた育っていってほしい」と願いを込めた。
 熊谷さんは「寺本さんが貝に携わる仕事に就き、結果を出しているのは彼女自身の頑張りであって、自分は最初の一歩を手伝っただけ。ただ、好きなことを追い続けてくれているのは、学芸員の仕事冥利に尽きる」と笑顔を見せる。
 また、熊谷さんは「社会教育施設である博物館は本来、文化と学びを支え、人を育てる場所。自分もこの博物館に育ててもらった。ここから巣立った彼女が、次の人たちのことを考えてくれてうれしい」と語った。
 標本については「貴重な資料なので常設展示にはできないが、企画展などで公開できれば。その際は寺本さんによる『ギャラリートーク』も実施したい」としている。