■大震災14年 「伝える」を問い直す/生きる知恵 必ず伝わる ㈱キャッセン大船渡 体験型プログラムの浸透目指す(別写真あり)
令和7年3月9日付 8面

東日本大震災の経験はもちろん、震災の事実そのものを知らない子どもたちが今後増えていく中、県内外にある学校の防災・復興学習、教育旅行等ではどんな工夫が求められていくだろう。大船渡市大船渡町の市街地をフィールドとした体験型学習プログラム「防災×観光アドベンチャー『あの日』~大船渡からの贈り物~」を手がける㈱キャッセン大船渡は、「震災について『話して聞かせる・現地を見せる』だけにとどまらず、震災を『追体験』できる取り組みの意味は大きくなってくる。これからもしっかり伝えていけるという自信はある」と、同プログラムのさらなる浸透と発信に努める。(鈴木英里)
「震災の経験がない・記憶がないからといって、そういう相手に教訓や防災意識が『伝わりづらい』なんてことはないと思っている」と語るのは、「あの日」統括ディレクター土方剛史さん(46)だ。
「あの日」は、スマートフォンを片手に海辺の市街地を歩き、住民の震災体験談「いきる知恵」を聞きながら津波避難を実際に経験してみるというプログラム。「まちに人を呼び込む」と「防災を学ぶ」、双方の観点から優れていると評価され、総務省消防庁による本年度「防災まちづくり大賞」の総務大臣賞(最高賞)に選ばれた。
歩いている途中、参加者には随所で「わかれ道」としてクイズが出題される。〝避難している途中で足の悪い人と出会った。あなたはどうする〟というようにだ。車いすを探しにいくか?それとも自分が背負うか。あるいは「申し訳ない」と思いつつ、自分だけ逃げるか──。
クイズではあっても、「正解」はない。ただ、判断を誤り続けると制限時間が足りなくなり、最後は高台避難が間に合わずゲーム上の「死」に至る。〝優しい人〟ほど助からないというジレンマ、避難時の厳しい現実を参加者は突きつけられる。
避難する人の状況を疑似体験し、「避難はそう簡単ではない、葛藤の連続だ」と知ることで、振り返りの時は「どうすればよかったのか、次はどうするか」を考えられる。「震災の知識がゼロの状態で来たとしても、避難を追体験した子どもたちの中には必ず〝何か〟が残っているという手応えがある。帰るころには『いざとなったら避難行動を取らないと死んでしまうんだ』と実感し、災害を自分ごととして捉えられるようになっている」と土方さんは言う。
同プログラムに加え、陸前高田市の東日本大震災津波伝承館の見学をツアー日程に加えるなど、役割の違う施設が補い合うことで防災意識の定着も図れるとも同社は考える。
同社取締役の千葉隆治さん(46)はそのうえでさらに、地元の高校生から出されたアイデアにも関心を寄せる。「震災のあとは学校でも、児童・生徒に津波の映像は絶対見せないようにしていた。でも今の生徒に『津波の動画を体験の前後に見せたほうが、より伝わるのでは』と言われ、状況や子どもの感覚も変わってきているんだなと驚いた」という。
生徒からは、「あの日」の体験と防災キャンプを組み合わせるなど、ゲームにプラスアルファした発展的なプログラムの提案もあったといい、千葉さんも「『あの日』をより有効な伝承の手段とするためにも、まだできることはありそうだ」と語る。
さらに今後は、大船渡市内すべての子どもたちが、少なくとも一度は、同プログラムを体験できるようにしたいとも見据える。「『大船渡の子だから震災については知っているだろう』ではなく、やはり積極的に伝えていかないと〝遠い昔の歴史〟になってしまっているという実感はすでにある。3月11日の悲劇を繰り返してはいけないと、地元にこそ伝えたい」と千葉さんは言う。
「あの日」のサブタイトルである「大船渡からの贈り物」。大船渡から、そして大船渡に、〝命を守るための意識と知恵〟という名の贈り物を届けるため、同社はこの防災プログラムの浸透を目指す。