「奇跡のアワビ」復興に生かす 綾里の元正栄北日本水産㈱ 生き残った稚貝に希望 大規模林野火災の被害復旧へCF

▲ 停電下でも生き残ったアワビに希望を託し、復旧・復興を目指す元正榮北日本水産㈱

 大船渡市大規模林野火災でアワビ養殖施設が被害を受けた三陸町綾里の元正榮北日本水産㈱(古川季宏社長)は、設備復旧やアワビ養殖再開に向け、クラウドファンディング(CF)を始めた。施設で育てていた約250万個のアワビは、停電やポンプ焼損の影響でほとんどが死滅したが、密度が低い状態で水槽に残っていた数千個は無事だった。絶望の中で見つかった「奇跡のアワビ」に希望を見いだし、新年度に入る4月からは、さまざまな支援を生かしての復旧・復興に意欲を見せる。(佐藤 壮)

 

 同社は、石浜地域に位置する漁港そばに、国内最大級のアワビの陸上養殖施設を構えている。アワビを育てるためには、陸上でも大量の海水が欠かせない。同地域は、深さ5〜7㍍から地下海水をくみ上げられる環境にある。
 地中を浸透してきたプランクトンが豊富な地下海水は、塩分濃度が海水とほぼ変わらず、自然環境の中でろ過され、表層水に比べ水温が2〜3度低い。ポンプで引き、成分を調整せずシンプルに生かしてきた。
 大規模林野火災が発生した2月26日午後は、山を越えて火の手が迫る光景を従業員が目にした。全員が施設を離れたあと、警備会社から停電の一報が入った。
 ポンプや水槽内に酸素を送る装置が動かなくなった。停電は10日以上続き、避難指示が解除された3月10日に関係者が戻ると、アワビの多くが死んでいた。
 その中で、長さ60㍍の水槽1レーンで生きていたのは、育成開始から8カ月程度の稚貝数千個。通常、1レーンに約30万個のアワビを入れているが、放流用の稚貝としての出荷に向け、出火前から別の水槽に移す作業を進め、避難直前は終わりかけの状態だった。
 たまたま低密度だったことから、生き残ったとみられる。同じく、密度が低い状態で別に管理している育成開始から5カ月程度の稚貝も、水を入れ替えられない状態でも耐えていた。
 漁港そばにあるポンプの送水管にも火の手が及び、3本中2本が焼け落ちていた。残る小型の1本は焦げていたが、地下海水を設備にまで送ることができ、様子を見ながら送水を再開。生き残ったアワビは1%にも満たず、立地環境を生かしたポンプも甚大な被害を受けた中で、関係者は再興への希望を見いだした。
 取締役営業部長の古川翔太さん(29)は「稚貝が残っていたこと、使える状態のポンプがあったことは、本当に不幸中の幸いだった」と語る。
 被害額は育てていたアワビだけで5億円に上り、設備復旧には相当の費用が見込まれる。今後は、出荷したアワビを取引先の理解を得て戻し、採卵を行う。水槽内に残っている地下水の排水処理や清掃、ポンプの復旧も控える。
 1年半程度の収入が絶たれ、食用としての出荷も数年は難しい中、運転資金などに充てるため、クラウドファンディングを始めた。目標額は5000万円。1000円~500万円の各コースを設け、「レディーフォー」のホームページ(別掲QRコード)などからプロジェクト概要や支援の流れを確認できる。
 同社は平成23年の東日本大震災でも津波で甚大な被害を受けた。沿岸一帯が、がれきに覆われた中、側溝に残ったアワビの稚貝を拾い集める作業から復旧・復興が始まった。昨年には経済産業大臣による「はばたく中小積極的に販路開拓を進める企業300社」に選定されるなど、持続可能な生産体制確立の実績が注目された矢先に、新たな災害に見舞われた。
 今回も綾里の自然の恵みと、培った養殖ノウハウを生かして育ててきた稚貝の一部は残った。古川取締役は「残ったアワビを大切に育て、復興の証しとして活用することができれば」と、今後を見据える。