月に1度の安らぎ〝再開〟 綾里の廣洋館 林野火災で休止のジャズ喫茶

▲ 大音量のジャズに浸り笑顔を交わす常連客と熊谷さん㊨

 大船渡市三陸町綾里の旅館・廣洋館は、大規模林野火災の影響で2月以降休止していた「月に一度のジャズ喫茶」を今月23日に再開した。館主でジャズ好きの熊谷立志さん(59)が提供する、オーシャンビューのロビーで過ごす安らぎのひととき。同日は市内外の常連客が足を運び、癒やしの音楽に身を浸しながら、喫茶の再スタートを祝福した。(阿部仁志)

 

 美しい綾里湾を望める1階ロビー。大きな2台のスピーカーから、昭和51年に来日したジャズ界のレジェンド、カウント・ベイシー・オーケストラの演奏が大音量で流れる。熊谷さん愛用のレコードプレーヤーや真空管アンプを通じ、当時の会場の空気感や奏者の吐息も伝わるような、熱くて心地良い、どこか懐かしさも感じる響きが空間を満たす──。
 この日、ジャズ喫茶が普段通り午後3時に〝開店〟すると、常連客らは「お久しぶりです」と熊谷さんと気さくにあいさつを交わし、コーヒーや酒を注文して、座り慣れたロビーチェアへ。腰を下ろすと一息つき、ベイシーをはじめとする有名どころから変わり種まで、時代も奏者もバラエティー豊かなレコードから流れる音楽に表情を和らげた。
 誕生月の4月は毎年泊まり込みで同館を訪れるという石原甫さん(73)は「酒を飲みながらジャズを聞き、ゆっくりできる心地良い時間。日帰りで来る時もあり、ここは必要な場所」と特別な時間をいとおしむ。
 金ケ崎町の太田千幸さん(69)=金ケ崎町=も、年4、5回は喫茶を訪れているという常連客。「音が良くて、この広い空間がいい。火災のあと『しばらくは無理かな』と思っていただけに、再開したと聞いて安心した。遠出してでも来たい場所です」と話していた。
 熊谷さんは、学生時代からの音楽好きが高じ、東日本大震災後に再建した同館ロビーの一画で令和元年12月からジャズ喫茶を開始。自前のオーディオ機材を持ち込み、レコードは、自分で購入したものと来店客から譲られたものの合わせて2000枚ほどを置いている。コロナ禍の期間も営業し、ジャズのひとときで来訪者の心を癒やしてきた。
 2月26日も開店する予定だったが、大規模林野火災発生のため、旅館ごと休業を余儀なくされた。停電により複数のボイラーが故障し、予約客のキャンセルが相次ぐなど影響はあったが、避難した熊谷さんや従業員に被害はなく、今月1日からの営業再開にこぎつけた。
 その後、駆けつけた常連客や東日本大震災後に縁をつないだ人たちからの温かなねぎらいの言葉に励まされた。今回、満を持してジャズ喫茶も再スタートとなり、来店客らの楽しそうな表情を見た熊谷さんは「また来てもらってうれしい」と笑顔を広げた。
 熊谷さんは「休みの過ごし方は人それぞれ。ジャズ喫茶は、こうした場所を必要とする人がいて、大船渡に足を運んでもらう人が増えるきっかけになればと思い始めた。綾里の復興には長い時間がかかるが、いろいろな人に足を運んでもらえるよう、これからも一息つける場所を提供していきたい」と話していた。
 ジャズ喫茶は毎月第4水曜日、午後3時~9時に開かれる。問い合わせは同館(℡42・2650)へ。