市の東日本大震災ハード復旧事業完了 再建施設の「活用」が焦点に 大学誘致の進ちょくも注目 

▲ 大規模な土地区画整理事業が展開された中心市街地

 陸前高田市が東日本大震災後展開してきたハード面の復旧事業は、5月の県指定有形文化財「旧吉田家住宅主屋」の開館で完了した。大津波により県内で最も深刻な人的被害が出た同市では、災害に強い安全なまちの形成、生活再建、なりわいの再生に向けて大規模な事業が進められた。11日で発災から14年3カ月。国の第2期復興・創生期間が本年度末で終了する中、被災した施設の再建や生活・産業基盤を整える「復旧」がようやく終わり、今後はそれらをいかに「活用」していくかが焦点になる。佐々木拓市長が復旧施設を生かそうと掲げた選挙公約「大学誘致」の進ちょくにも注目が集まる。(高橋 信)

 

きょう発災14年3カ月

旧吉田家住宅主屋で食事を取るカルコン分科会の関係者


 7日の旧吉田家住宅主屋。日米両国の有識者らでつくる「日米文化教育交流会議(通称・カルコン)」の分科会メンバーが見学に訪れ、江戸幕府の巡見使や仙台藩主が泊まったとされる座敷で豪華なお膳料理を堪能した。
 調理は、米崎町の料亭「京料理 京亭」(熊谷忠行店主)が担当。参加者は、被災部材も活用してよみがえった由緒ある建物の雰囲気に浸りながら、心づくしの料理を味わった。
 同分科会によるプログラムを企画・運営した陸前高田企画㈱の村上清代表取締役は「地場産品を中心とした料理が好評で、参加者の印象に残ったと思う」と手応えを語り、「気仙の歴史や文化を知ってもらううえで吉田家の主屋は非常に重要な場所。ただ建物を見てもらうだけでなく、食事など体験型観光の場としても積極的に活用していきたい」と見据える。
 市や県のまとめによると、市内の震災死者数は1560人と県内最多で、今なお201人が行方不明となっている。一部損壊を除く被災住家は4047世帯と、全体(8069世帯、平成23年2月末時点)の50・2%に達し、中心市街地などは壊滅的な被害を受けた。
 市は23年12月、▽災害に強いまち▽快適で魅力のあるまち▽市民の暮らしが安定したまち──などを基本方向に据えた震災復興計画(23~30年度)を策定した。
 同計画に基づき、市街地を緊急整備する津波復興拠点整備事業(高田北地区総事業費約79億9000万円、高田南地区総事業費約136億円)、高田・今泉両地区の大規模なかさ上げ、高台宅地の造成を行う土地区画整理事業(総事業費約1634億5000万円)、市が自宅跡地を買い取り、被災者を高台に移転させる防災集団移転促進事業(同327億2000万円)などが行われた。
 市街地のにぎわい創出の核として先行整備された商業施設「アバッセたかた」は29年4月にオープンし、周辺ではまちなか広場、市立図書館、奇跡の一本松ホール、市役所、市立博物館などが順次利用を開始。国営追悼・祈念施設、震災津波伝承館、道の駅高田松原などが入る高田松原津波復興祈念公園は、令和元年9月に一部開園した。
 祈念公園などには連日多くの人が訪れ、5年における市全体の観光入込客数は127万6320人(県まとめ)と震災前の水準に戻り、本県沿岸の中でトップとなった。市街地では新たにホテルの建設も進む。
 東北の被災地で最大級の規模となった土地区画整理事業は、3年3月に工事が完了。しかし事業の遅れなどを背景にかさ上げした民有地(54・3㌶)の利用率は32・2%(昨年11月末時点)にとどまり、空き地の利活用促進が大きな課題となっている。
 復旧・復興事業が進展し、持続可能なまちづくりへ軸足が移る中、注目されるのが佐々木市長の公約「大学誘致」の行方だ。市長は市議会定例会などで「中心市街地などを大学のキャンパスに見立て、復興事業で整備された施設、建物、スポーツ施設などを大学に活用してもらうことにより、大学生の住むまちにするとともに、施設の有効利用を図り、将来的にもまちを明るく、活性化したい」と明言している。
 今年3月の記者懇談会で、市長は「市立大学を建てるなどということではなく、大学の活動、フィールドワークの拠点のようなものを陸前高田市で提供したいというのが当初からイメージしていた(大学の)誘致」とし、複数の大学と協議を行っていることを明かした。
 高田町の陸前高田高等職業訓練校内には、立教大が今月1日、正課・正課外教育プログラムの拠点「陸前高田サテライト」を開設。同拠点は市長の公約に伴うものではなく、震災前からの地域との交流を端緒に設けられた拠点だが、市長は「震災から14年がたち、ハード面の復旧が終了となる中、立教大が新たなステージで活動することになる。他大学にも広がっていくことを期待している」と述べた。