製鉄産業の足跡たどる 世田米小6年生 栗木鉄山跡を見学(別写真あり)

▲ 栗木鉄山跡を見学する児童ら

 住田町立世田米小学校(鹿糠博子校長、児童94人)の6年生21人が4日、国史跡に指定されている世田米の「栗木鉄山跡」を見学した。児童は、かつて隆盛を誇った製鉄産業の足跡をたどりながら先人の営みを学び、近代史において重要な史跡と位置づけられている栗木鉄山跡への関心を高めた。(清水辰彦)


 栗木鉄山は、たたら製鉄が営まれた江戸時代から蓄積されてきた技術や自然資源を生かし、明治13年〜大正9年に操業された民営の製鉄所。世田米の国道397号栗木トンネルの種山側に位置し、付近には大股川が流れる。
 操業中、大正2年には国内4位(民間3位)の銑鉄生産量を誇り、第1次世界大戦中の好景気で絶頂期を迎えるが、大戦終結後の急激な需要減少によって大正9年に廃業。現在は、石垣や水路、高炉の位置などを示す遺跡が見られる。
 同校の栗木鉄山跡の見学は、町独自教科「地域創造学」の一環。町教育委員会の佐々木喜之教育次長補佐が現地を案内した。
 児童たちは佐々木補佐の説明を受けながら、さまざまな物質で形成されている鉄鉱石から鉄を取り出す作業が行われていた第一高炉跡や第二高炉跡、事務所跡、生活の名残がある水路跡などを見て回った。
 佐々木補佐は、最盛期には500人超の従業員が在籍し、郵便局、学校、職員住宅なども整備されて「製鉄村」が形成されていたことや、原料である鉱石に含まれていた微量の金が排出されずに堆積しているのが発見され、社員に臨時ボーナスが支給されたというエピソードも紹介した。
 見学を終え、佐藤浄明さんは「金が出て臨時ボーナスが配られたことにびっくりした。初めて見学して、ここに本当に製鉄所があったんだなと実感した」と話していた。
 栗木鉄山は、山間の地形を生かした高炉様式が全国的に見ても珍しく、日本の近代製鉄技術史上においても非常に貴重な遺跡とされている。
 設備のほとんどが解体され、現在は雑木林となっている一方、これまでの残存状況調査では第一高炉跡と第二高炉跡の保存状態が良好であることが判明。昭和58年に国道397号改良工事に伴って消滅の危機にひんしたが、町が路線変更を働きかけて遺跡は保存された経緯もあり、町による遺跡の公有地化も進められ、平成9年に町史跡、11年に県史跡、令和3年に国史跡に指定された。
 町教委では、国内の製鉄技術史においても貴重と位置づけられている栗木鉄山跡を有効に保存・管理・活用していくため、8年度中の「保存活用計画」策定を目指して議論を重ねている。策定に向けては多世代への周知による保存・活用の機運醸成も求められることから、佐々木補佐は「見学を通じて、子どもたちも栗木鉄山への関心を高めてくれれば」と期待する。