古き良き情景を模型に 震災前の八木澤商店 名古屋市の加藤さんが寄贈 店舗と蔵再現 

▲ 加藤さんから寄贈された震災前の商店の模型を持つ河野さん

 愛知県名古屋市の加藤晴彦さん(75)は、陸前高田市気仙町に本社を置く㈱八木澤商店に、東日本大震災津波で流失する前の同社店舗や土蔵を再現した手作りの模型を寄贈した。模型を見た従業員らが、かつて今泉地区にあった情景を懐かしみ、地元の古き良き文化を再認識する機会にもした。(阿部仁志)

 

 加藤さんは、5年前まで内装工事関係の仕事に従事。日本の伝統的な蔵に強い関心があり、仕事を引退してからは蔵の模型作りを趣味にしている。
 陸前高田との接点はなかったが、20年ほど前、愛読していた蔵関係の雑誌で八木澤商店のことが紹介されているページが目に留まった。「土蔵が地域の日常に溶け込み、今の時代にも息づいている光景に魅了された。いつか立ち寄り、見学してみたい」と、一つの夢ができた。
 退職してようやく東北に足を延ばせるようになり、いざ同社を訪問しようと計画を立てるタイミングで、大津波により今泉地区が被災し、蔵も流されたことを知った。実物が見られなくなったことを惜しみつつ、かつて自分の心を大きく動かした情景を「模型として形に残したい」と決意。同社に手紙を送り、今年5月には初めて現在の本社を訪れて従業員と交流し、震災前の店舗と蔵の写真を資料として提供してもらった。
 そこから約3カ月をかけて模型が完成。ミリ単位の小さな木の部品を組み合わせ、縦25㌢、横35㌢ほどの土台に店舗と蔵を〝建てた〟。2棟の間にあった門や、屋根の鬼瓦、道路に面した蔵の外側の木造倉庫、なまこ壁の模様などを忠実に再現し、開閉できるドアや勝手口の位置、全体の色合いなどにもこだわった。
 加藤さんは、8月27日にマイカーで再び同社を訪れ、模型を寄贈。受け取った従業員らはその完成度に驚きを表し、上下左右から模型を眺めて「こんな眺めだった」「懐かしい」と思い出に浸った。
 同社は、酒造として創業した文化4(1807)年から現在までの約200年間、今泉の醸造の歴史とともに歩んできた事業所。代表取締役社長の河野通洋さん(52)によると、模型のモデルとなった店舗と土蔵は「明治元年ごろに建てられたものとみられる」という。大工左官の技術の粋が詰め込まれた貴重な建物で、従業員のみならず地元住民からも愛された場所だった。
 模型で河野さんが特に驚いたのは、店舗の裏側部分。見通しが悪かったというこの部分は写真資料がなく、実物を見たことがない加藤さんは当然知らないはず。それにもかかわらず、模型は河野さんの記憶とまったく同じ位置に出入り口や窓があり、「今までも他の方から前の店舗の模型をいただくことはあったが、ここまで同じなのは初めて。本当にすごい」と語る。
 一方の加藤さんは「まったくの偶然。今まで見て調べてきた蔵の構造などから、きっとこうだっただろうと想像しながら作ったら、まさか実物と一緒だったとは」と逆に驚きつつ、〝正解〟を導き出せたことを喜んだ。
 加藤さんの興味関心の中心にあるのは蔵だが、今回の模型は店舗とセットにすることに意味があった。「店を津波で失った従業員や、震災で亡くなった方々は、さぞ悔しい思いでいっぱいだったと思う。蔵と店、人の空間があったという証を模型で残したかった」──思いを形にし、「夢がかなった」と語る加藤さんの口調は柔らかい。
 河野さんは「時代とともに見られなくなっている伝統や文化、技術の価値を改めて感じる機会をいただいた」と熱意を受け取り、地域に根付く発酵文化を重んじる思いをさらに強めた様子だった。