被災モニュメント復活を サン・アンドレス公園の「ワールドリング」 きょう震災14年7カ月 撤去から10年 日本遺産〝追い風〟に

▲ 10年前に撤去された被災モニュメント。現在は分割して保管されている(平成27年9月)

 きょうで東日本大震災の発生から14年7カ月。大船渡市大船渡町字野々田のサン・アンドレス公園内にあり、被災したモニュメント「ワールドリング」復活への関心が高まっている。公園から撤去されて10年となる今年、同市が日本遺産「みちのくGOLD浪漫」に追加認定され、さらに構成文化財に「大なる入り江サン・アンドレス」が盛り込まれた。現在も市内に保管されており、震災遺構としての継承や日本遺産認定を生かした活性化に向け、市内の民間団体などが働きかけを強化する。(佐藤 壮)

 

 サン・アンドレス公園は、大船渡港野々田地区整備事業の締めくくりとして平成4年に完成した。公園の名称は、公募で決定。慶長16(1611)年、伊達政宗の許可を得て伊達領沿岸の測量を行っていたスペイン使節、セバスチャン・ビスカイノが大船渡湾の景観をたたえ「サン・アンドレス湾」と名付けたことに由来する。
 平成4年は市制施行40周年にあたり、スペイン・パロス市との姉妹都市提携、「黄金の国」を探したコロンブスの旗艦である「サンタ・マリア号」の復元帆船入港など、産金地・気仙の歴史も踏まえた記念行事が相次いだ。モニュメントはこの一環として、大船渡と大船渡西両ロータリークラブ、大船渡と大船渡五葉両ライオンズクラブ、大船渡青年会議所の5団体が中心となり募金を集め、県から公園の一角を借りて設置した。
 ステンレス製の直径6㍍の円形で、内側に世界地図が描かれ、大船渡とパロス市を示す球を配置。ふ頭や公園と合わせ、港湾都市・大船渡のシンボルとして親しまれてきた。
 震災の津波で横倒しになり、全体の円形がゆがむなどしたまま置かれ続けてきたが、平成27年に撤去。公園には、県の復旧工事で防潮堤の圧迫感をやわらげる築山や遊具、緑地空間など憩いの機能が整えられ、令和2年に本格供用がスタートしたが、防潮堤や築山整備などにより、モニュメントの再設置には至らなかった。現在は3分割され、市内の事業所倉庫に保管されている。
 市内の有志らを中心に、気仙の地域資源や歴史を生かしたまちづくり活動に取り組む「黄金の海・ケセンプロジェクト」(新沼英明会長)はこれまでも、モニュメント復活を模索。こうした中、今年、同市が日本遺産「みちのくGOLD浪漫」に追加認定された。
 構成文化財には、現代につながる金と人々との縁によって生み出された文化のストーリーとして「大なる入り江サン・アンドレス─大船渡湾の風景─」が組み込まれた。日本遺産はストーリーに基づき、文化財を活用することでその魅力を広く国内外へ発信する役割が求められる中、同プロジェクトではモニュメント復活による新たな地域活性化を見据える。
 新沼会長は「震災遺構でもあるし、約30年前に締結したパロス市とのつながりや、大船渡が世界とつながっていたことが分かる〝目に見える〟モニュメント。サン・アンドレス公園と名付けられた意味合いがより強まる意味でも、公園に戻すのは一番ではないか」と話す。
 当時の姉妹都市締結や寄港の各事業には、多くの民間人が積極的に取り組んだ。こうした熱意を、世代を超えて継承する流れも見据える。
 同プロジェクトは、本年度発足した「日本遺産の大船渡市」市民運動推進協議会に参画。再設置を目指し、同協議会から行政機関に働きかけるよう調整する。