帰ってきた「仮設の歌姫」 大阪府の歌手・奥野ひかるさん 綾里、赤崎の仮設住宅で慰問ライブ 火災復興へ「背中押せるように」(別写真あり)
令和7年11月29日付 7面
東日本大震災後から気仙両市の仮設住宅などで復興コンサートを開き、「仮設の歌姫」として親しまれる歌手・奥野ひかるさん=大阪府高槻市=は28日、大規模林野火災で被災した大船渡市三陸町綾里と赤崎町蛸ノ浦の両応急仮設住宅で慰問ライブを行った。旧綾里中グラウンドに整備された仮設住宅は、全国の被災地で通算1360回以上のステージに立ってきた奥野さんにとって、第1回のライブを開いた〝始まりの地〟。仮設入居者らを前に、当時と変わらない明るく元気な歌声と笑顔を振りまき、これからの復興を後押ししていく気概を示した。(菅野弘大)
奥野さんは、震災後の平成24年2月に綾里の仮設住宅で初の慰問ライブを開いて以降、気仙各地の仮設住宅を巡って歌で被災住民らを元気づけてきた。同27年5月から約1年半は、盛町の旧沢川仮設住宅に住み込むなど、復興支援の枠を超えて被災地を応援。パワーみなぎる歌と明るい人柄で生きる活力を与える姿から「仮設の歌姫」「復興の歌姫」という愛称で親しまれている。
31年3月には、猪川町の長洞仮設住宅で1000回目の記念ライブを開催。その後も熊本地震や西日本豪雨、北海道胆振東部地震など、全国の被災地に足を運び、被災者を励ましてきた。現在は、能登半島地震被災地を中心に活動する。
「さんりく・大船渡ふるさと大使」でもある奥野さん。今年2月に発生した大規模林野火災で被災した大船渡の状況を気にかけ、仮設住宅の整備など、被災住民らの生活が落ち着いた時期をみて慰問を計画した。
気仙でのライブはおよそ5年ぶり。同日は午前中に綾里、午後に蛸ノ浦の両仮設住宅で開催し、このうち、綾里の仮設住宅談話室には、入居者や長年つながりのある住民、団体職員らが集まった。
奥野さんは冒頭、「大船渡で一番最初に入ったのがここ(綾里・黒土田仮設)だった。今度は火災でまた同じ場所に仮設が建ち、それで慰問に来るのは正直うれしくなかった。でも、皆さんに会えたことはうれしい。私にできるのは一生懸命歌うことくらい」と語り、ライブをスタートさせた。
美空ひばりさんの『柔』のカバーで幕開けし、メドレーや仮設入居者の名前に歌詞をアレンジした『星空の秋子』などを次々に披露。復興応援歌として定着した『がんばっ節』では、綾里の仮設住宅で出会った被災漁師の「敵は津波ではなく、己の中にいる」という言葉に心を動かされて制作したエピソードに触れながら、「がんばっぺし」と復興へ歩む被災地を勇気づけた。
『ひかるのズンドコ節』や『みんなドドンパ』では、来場者との掛け合いで盛り上がった。能登半島地震被災地の仮設ライブで出会った人たちの心情をもとに制作した『生』は、「何があっても古里で生きていく覚悟」を被災住民の姿と重ねながら、しっとりと歌い上げ、アンコールの『ひかるtheSORAN』で締めくくった。
仮設住宅に入居する村上フチさん(90)と浦島悦子さん(89)は、ライブ中に奥野さんと触れ合いを楽しんだ。「楽しかった。とても良かったので、また来たい」と笑顔を見せた。
奥野さんは「来ていただいた方々に、一瞬でも被災したことを忘れて楽しんでもらうことが大事。大船渡で震災1000回の仮設ライブを終え、『仮設の歌姫』からやっと『復興の歌姫』になれたと思っていた矢先、火災が起きて再び仮設住宅が建設され、複雑な気持ち。もう一度スタート地点に戻り、気合を入れ直して、背中を押せるようなショーを目指して頑張りたい」と話していた。
奥野さんは来年2月にも、綾里と蛸ノ浦の公民館で慰問ライブを開催する予定。





