東日本大震災14年/地域への恩胸に決意新た 震災後移住の古谷さん 陸前高田JC理事長に就任 県外出身者で初めて

▲ 「JCのメンバーに刺激を受け、このまちに貢献したいと思うようになった」と語る古谷さん

 陸前高田市の陸前高田青年会議所(JC)第54代(今年1~12月)理事長に、神奈川県横浜市出身の古谷恵一さん(37)=高田町=が就任した。県外出身者が就くのは、半世紀以上の歴史を持つ同JCで初めて。東日本大震災の前後に陸前高田市を訪れ、まちの景色は一変したが、市民の心の温かさに変わりがないことに感銘を受け、9年前に移り住んだ。「この地域から人とのつながりの素晴らしさを教えてもらった恩がある。その魅力を次代に伝えたい」と、観光、教育分野の仕事に携わり、JCのトップとしての活動にも意欲をにじませる。(高橋 信)

 

「まち、人の魅力伝えたい」

 

 6日夜に高田町のキャピタルホテル1000で行われた陸前高田JCの新年交賀会。古谷さんは所信表明の中で、1年間の基本理念やスローガンに込めた思いを述べる前に、「少しだけ自分のことを話させてほしい」と陸前高田市との出合いを振り返った。
 最初の訪問は、慶應義塾大1年時の平成20年2月。大学のアカペラサークルの遠征先として同市を訪れた。
 学生たちを受け入れ、熱心にお世話をしてくれた市民との楽しい毎日、大学生を珍しがり何度もサインを求めてきた小学生、バスが見えなくなるまで手を振ってくれた高校生、アカペラステージの恩返しとして心温まる歌を披露してくれた福祉施設の利用者…。親の仕事の関係で引っ越しが多く、「地元」と呼べる土地がなかった古谷さんにとって、人と人とのつながりが強い気仙の地域性は衝撃的だった。
 濃密な交流の1週間を過ごし、「絶対また来る」と仲間たちと誓って帰路につき、3年時にも再訪。心の古里のような場所になっていた。
 大学卒業を目前に控えた平成23年3月11日、陸前高田は津波で壊滅的な被害を受けた。しばらくして友人たちと同市を訪れると、思い出の地は様変わりしており、言葉をなくした。
 そんな中、かつて歌を披露しに訪れた福祉施設に足を運ぶと、施設関係者から「ここに歌いに来たよね」と声をかけられた。「何年も前のアカペラ素人の学生のことを覚えてくれているなんて」。震災でまちは変わっても、学生時代に感じた地域の温かさは変わっていなかったことに驚かされた。「一人一人と向き合ってくれるこの地域に、もっといたい」との思いを募らせた。
 心豊かな生活のあり方を見つめ直していた時期とも重なり、やりがいも感じていた大手予備校講師を退職し、平成29年春、陸前高田市に移住。企業研修や学校教育旅行の受け入れを手がける一般社団法人で勤務し、民泊事業を担当した。
 当初は数年間を過ごすつもりだったが、令和元年に陸前高田JCに入会して考えが変わった。仕事も、価値観もさまざまなメンバーたちの古里への熱い思いに刺激を受け、その輪に入り地域活性化などについて真剣に考え合ってきた。「かけがえのない成長の機会をいただいた」と同市に根差して暮らす決意を固めた。
 現在、仕事はフリーの立場で、市観光物産協会や旅行会社と連携しながら教育旅行、企業研修の受け入れなどに当たる。「学生のころ自分が経験したような、人との温かな交流の機会提供に力を入れたい」と意気込む。
 本年度から市の地域プロジェクトマネジャーにも就き、高田高で総合的な探求学習や国際交流のサポートにも取り組んでいる。
 今年の陸前高田JCの基本理念には「地域における共創の先導」を掲げる。「人口減で各分野で自らできることが少なくなっているからこそ、垣根を越えて協力し合い、一緒に解決策を探ることが大事。変化を恐れずに、ともに一緒にこの地域の未来を創っていくような活動を展開していきたい」と前を向く。