初のアンカーで成長示す プレス工業の熊谷選手(大船渡市出身) ニューイヤー駅伝で力走 地元からのエールにも感謝

▲ ニューイヤー駅伝に出場した熊谷選手㊧と地元からの応援幕を届けた兄・光さん

 今月1日に群馬県前橋市で開かれた第70回全日本実業団対抗駅伝競走大会(ニューイヤー駅伝)に、大船渡市三陸町越喜来出身で、神奈川県のプレス工業㈱陸上競技部に所属する熊谷真澄選手(27)が出場した。自身として2年ぶり2度目の実業団駅伝の全国舞台に臨み、アンカーの7区で力走を見せ、チームの過去最高タイとなる21位でゴール。「2年前よりもしっかり勝負できた。成長を実感できる大会だった」と充実感をにじませ、今シーズンのトレーニングや大会に向けてコンディションを高めている。(菅野弘大)


 熊谷選手は、越喜来小・中、高田高を経て、東京国際大に進学。4年次に箱根駅伝にも出場した。大学卒業後はプレス工業に入社し、自身初出場となった令和6年1月のニューイヤー駅伝で5区を走った。
 膝のけがなどに悩まされた中、昨年11月に埼玉県で開かれた、ニューイヤー駅伝出場権を懸けた「第66回東日本実業団対抗駅伝競走大会」に出場。重要な1区で期待に応える走りを見せ、チームを2年ぶりの本戦出場に導いた。
 本戦に向けては、チーム内での選考練習でメンバーが決定し、数日前に「アンカーで行く」と伝えられた。「スパートには自信があり、そこへの期待から任せてもらえたのだと思う。レースの流れをつくる1区とは違い、アンカーはより順位を意識しなければならない。みんながつないだたすきを受け取るプレッシャーもある」と気を引き締め、自身初のアンカー起用に応えるべく、調整を進めた。
 本戦には40チームが出場。7区間(100㌔)のタイムで争った。プレス工業は、2区で9位に浮上するも、その後に順位を落とし、アンカーの熊谷選手は21位でたすきを受けた。
 終始集団の中でのレースとなり、誰かが前に出れば周りがすぐに追いつくという、選手間での〝けん制〟による膠着状態が続いた。熊谷選手もラスト2㌔で仕掛けたが、思うように前に出られず。それでも、難しい展開の中で必死に足を動かし、順位を維持したまま21位でフィニッシュした。
 「チームの歴代最高順位タイでゴールはできたが、順位を上げられなかった悔しさは残る。この大会に向けて走行距離を増やしたり、『質より量』を意識して、離脱なくトレーニングに取り組んできた。自分としては、2年前よりも勝負でき、成長を実感している」と確かな手応えを示す。
 熊谷選手のニューイヤー駅伝出場に合わせ、地元の大船渡アスリート応援団では、熊谷選手の母校の児童、生徒、陸上関係者らの協力で、寄せ書きの応援幕を作成。レース当日は、大船渡市地域おこし協力隊員として活動する兄の光さん(31)が、家族や大船渡陸上倶楽部のメンバーとともに応援に駆けつけ、ゴール後に2枚の応援幕を熊谷選手に届けた。
 光さんも、東京国際大時代の箱根駅伝や実業団駅伝の舞台で活躍。けがの影響で自身が立てなかったニューイヤー駅伝で力走を見せる弟の姿を見て「本当に頼もしくなった」と語り、「向かい風もあり、本人とすれば走りに納得のいっていない部分もあると思うが、チームの代表として走る姿は響くものがあり、成長を感じた。常に結果が求められる世界で、年齢的にもベテランの域に入ってくる。1年1年を後悔なくやり遂げ、エース区間を走れるチームの要になってほしい」と一層の活躍を期待する。
 地元からのエールに「遠い地元から、たくさんの人にメッセージを寄せていただき、応援してもらえてありがたい」と感謝した熊谷選手。今季は、駅伝に注力するためにセーブしていた記録会や競技会にも出場する予定で「昨季の取り組みで土台ができた。体を壊さないように試合に出て、チームとしてはニューイヤー駅伝の出場権獲得、個人では1万㍍の自己ベスト更新を目指してトレーニングに励む」と抱負を語った。