インタビュー気仙2026⑥/世代と地域超えた活動を 綾里地区まちづくり委員会委員長・村上芳春さん(66)
令和8年1月29日付 7面
──昨年6月に地区運営組織として立ち上げた委員会。8月には若い世代の住民が中心となり、毎年恒例の「綾里夏祭り」がコロナ禍の令和2年以降初めて開かれた。
村上 夏祭りの復活自体は令和6年に決定していたが、昨年8月に開催するためには、予算を計上したり地区内で寄付を募ったりする必要があった。委員会の設立を進めるとともに、開催へ向け早めに動き始めなければならなかった。
当初は4月の委員会設立に向けてワークショップを開いてきたが、大規模林野火災によって設立予定が7月に延期された。しかし、夏祭りの主体である101~103回(当時27~29歳)の同窓生が開催へ向けて先んじて動いてくれたことが後押しとなり、最終的には1カ月前倒しの設立となった。
若い同窓生たちは、開催経験のある年上の同窓生からアドバイスを受けるなど、一人一人が積極的に動いていたようだった。彼らが夏祭りの復活に対してとても強い思いを持っていたのは、私自身も驚いた。
現在は、今年の夏祭りに向け、主体となる104~106回の同窓生への引き継ぎが行われているところ。
──大規模林野火災によって綾姫ホールに避難所が設けられ、一時は住民活動が停滞した。昨年を振り返り、影響の程度は。
村上 綾里夏祭りを開催できたおかげで、活動に勢いがついたと思っている。終わってみれば立ち消えになった計画もなく、東朋中と毎年開いている「綾里地区緑地広場のつどい」などの行事を予定通り進めることができた。
夏祭り開催にあたっては各方面から寄付もいただいたが、綾里中の仮設住宅や綾姫ホールで支援イベントを開催してもらったことが、増してありがたかった。今年に入ってからも、同ホールでの支援イベントが予定されている。
──綾里地区内における、現在の課題は。
村上 災害による住居移転によって顕著な人口減少がみられる地域が増えており、これまで保たれてきたコミュニティーの維持が難しくなりそうだ。
綾里は昔からの集落がそのまま行政区となり、現在まで活動を継続している。しかし、過去には東日本大震災による住民の高台移転があったし、昨年は大規模林野火災が発生した。特に被害の大きかった港地域は、かつて住んでいた場所に戻れない人もおり、世帯数が激減している。
最も人口の多い地域は現在も100~200世帯が居住しているが、中には20前後まで世帯が減った地域もある。
その中で市内をみると、現在では複数の集落が一つの行政区となって活動している地区もある。そのため、綾里でも人口減少を地区全体の問題ととらえ、これから対処していかなければいけない。
──住民同士や世代間の連携など、今後の展望は。
村上 委員会としては、助け合い活動がより多くなってくると思う。具体的には、各地域の住民が開いているサロン活動との関係づくりや、世代を超えたスポーツ交流をやっていきたい。高齢者だけの集まりではなく、子どもから大人まで楽しめるような活動ができたら。
──綾里地区外も含め、若い世代の住民に期待することは。
村上 自分たちのやりたいことがあれば遠慮なく声を上げてほしい。私たちも意見を吸い上げて実現させてあげたいし、若者が住みやすい町にしていきたいと考えている。
高齢者はやりたいことがあれば、これまでの経験を生かして自分たちで活動できたりもするが、若い世代はまだそうもいかないと思う。
また、年上の人に対して意見を出しづらいと思っていたり、子育てなどが大変で意見を出す余裕がない人もいるはず。その際は、若者同士で話したことをまとめるなどの手段でもいい。普段の生活の中で感じている「こうだったらいいのに」ということを発信してくれれば。
地元での生活をどうやって持続させていくかというのは難しい問題だが、一つずつ対応して前に進んでいきたい。(聞き手・齊藤 拓)






