15年の歳月に思い寄せて 震災犠牲者追悼献花 祈りのモニュメントで(別写真あり)
令和8年3月12日付 1面
大船渡市大船渡町のみなと公園内にある「祈りのモニュメント」で11日、市の震災犠牲者追悼献花が行われた。訪れた市民らは亡き人の面影をしのんで手を合わせるとともに、15年の歳月に思いを寄せた。
祈りのモニュメントは、市が令和5年度に整備。追悼献花は昨年に続き、来賓を招かず、市民らが自由に集う場とし、約100人が集まった。午後2時46分、防災行政無線からのサイレンと、展望広場にある「鎮魂愛の鐘」の音に合わせ、市関係者や参列者が黙とうをささげた。
渕上清市長は「昨年は未曾有の大規模林野火災と重なる形で迎えたが、本年は静かに迎えることができた。15年前、尊い命が失われ、今もなおご家族が戻ることができない悲しみ、慣れ親しんだ古里の風景ががれきに埋め尽くされた衝撃は、癒えることのない傷として、われわれの心に深く刻まれている。震災の伝承と教訓、記憶、経験を生かした防災・減災対策に一層注力していく」と述べた。
モニュメント前では、集まった市民らが花を手向け、静かに祈りをささげた。ガラス素材の中央には「未来へ祈る」の言葉が記され、支える10本の柱は大船渡市の盛、大船渡、末崎、赤崎、猪川、立根、日頃市の各町に加え、三陸町の綾里、越喜来、吉浜の「10のまち」を意味している。訪れた人々は、自宅や家族を失っただけでなく、地域のさまざまな環境が一変した「あの日」からの歩みにも思いをはせている様子だった。
一方、道路からモニュメントにつながるスロープ沿いに設けられた震災犠牲者芳名板の前には、開会前から地域住民や犠牲者の知人らが足を止めた。大切な人の名が刻まれた板を指で触れ、語りかけるように名前を声に出す姿も見られた。
末崎町の志田安夫さん(69)は、震災発生直後に滞在先施設で92歳で亡くなり、関連死が認められた母・キクヨさんの氏名が刻まれた前に立ち、静かに見つめた。「もう少し生きていてくれたらと思うし、せめて、家族のみんながいるところで亡くなってほしかった。15年を迎えても何とも言えない気持ちだが、16年、17年の時もこの場所に来たい」と話した。
県によると、大船渡市では震災で340人が亡くなり、今も79人の行方が分かっていない。遺族の意向確認を経て、犠牲者芳名板に刻まれた氏名は計411人。震災関連死を含むほか、市外出身者の名前も並ぶ。芳名板は毎年、3月の一定期間設置され、今年は24日(火)までとなる。






